コワい、ヤバい、でもなんか笑える… 時代が追いついた?藤子不二雄Aワールドへようこそ

レビュー

超・有名漫画家の(それにしては)読まれていなさそうな作品たち

藤子不二雄Aは、日本で最も名前を知られていながら、その知名度に反して、漫画作品がほとんど読まれていない漫画家ではないかと思う。
『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造や『プロゴルファー猿』、2004年に実写映画化された『忍者ハットリくん』、2010年にTVドラマ化された『怪物くん』などをきっかけに、その強烈なキャラクターは広く認知されているが、原作漫画には触れたことがない、という人が多いのではないだろうか。

『ドラえもん』を筆頭とした「健全な子ども向け漫画」のイメージが強い藤子・F・不二雄に対し、80年代までコンビとしてペンネームを共有した藤子不二雄Aの作品は、一言で言うと「奇妙」なものが多い。
そんなA作品世界への入門にピッタリなのが『藤子不二雄Aのブラックユーモア』だ。

藤子不二雄Aのブラックユーモア
©藤子不二雄A/小学館

全2巻にまとめられている本作には、おもに1970年代に描かれた短編作品がまとめられている。この中からいくつか、筆者のお気に入りをピックアップしてみたい。

「ブラックユーモア」、その内訳は多種多様。(ただし、全部ヤバい)

「ひっとらぁ伯父サン」「ひっとらぁ伯父サンの情熱的な日々」は、部屋の借り手を探していた小池さんの家に、アドルフ・ヒトラーにそっくりな謎のおじさんが下宿し始めたことから始まるブラック・コメディ。「伯父サン」は“本物”さながらの人心掌握術、カリスマ性を発揮し、瞬く間にご近所の人気者になってしまう。
「伯父サン」の作った「黒シャツ隊」に入隊した子どもたちは大人を批判するようになり、マジメな会社員であった小池さんは伯父サンに教えられた賭博にハマってしまう。

実写映画化もされたドイツ小説「帰ってきたヒトラー」が発表されたのは2012年だったが、それより40年前に描かれていた本作のストーリーには背筋が寒くなるものがあるが、あくまで漫画的なデフォルメが効いているおかげでギリギリ笑える、いや、でもやっぱり笑えないかも…みたいな、ギリギリのラインを攻める1編になっている。

「今日は日曜日 明日も明後日も…の主人公は、甘やかされて育ち、周囲とのコミュニケーションが苦手なまま大学卒業を迎えた田宮坊太郎。
初日から会社が怖くて出社できず、毎日家は出るものの無断欠勤を続けてしまう。
ネットで話題になったこともあったので、見覚えのある人もいるかもしれない。

多分に内向的な性格である自覚がある筆者としても、これは何度読み返してもいたたまれない、読む時の精神状態によってはウワーーーッと叫びだしたくなる作品だ。
それでも読んでしまうのは、「こうはなっていないから、自分はセーフ…」ということを確認したいからなのかもしれない。

サラリーマン社会が舞台の作品では、「なにもしない課」も強烈だ。

行うべき業務がない「なにもしない課」こと調査課に配属された社員たちは、頼まれてもいないスクラップブック作りや読書、居眠り…あまつさえ麻雀や飲酒で業務時間を過ごす。
ある意味では牧歌的な、右肩上がりに景気が良くなっていった時代らしいエピソードのようでもあり、今日の目では見ようによってはうらやましく見えなくもない…かもしれない。
それでも、やはりその結末には、働く大人としてはゾッとしてしまう。

特定のもの、それもなかなか人からは理解されにくいものに熱中するマニア的、パラノイア的な心理と、それが行き過ぎた末に起こる事件を描いた「ヒゲ男」「万年青」、「マグリットの石」といった作品もある。

彼らの一種病的な描写からは、「オタク」という言葉が一般化する80年代より前の時代、こういった性質が現在よりも一層奇異なものとして見られていたのだろうということを感じさせられる。
でも、やっぱり何かに熱中している人間って、それだけで(怖いけど)ちょっと面白く見えるものだ。

フォロワー不在? 藤子Aスピリットを継ぐ漫画、求む

これら藤子Aのブラックユーモア作品は、どの作品もたいてい後味は悪いのだが、露悪趣味的では決してなく、ある種の上品さを感じさせるのも特徴だ。
それは太く曲線的、記号的な描線、写真のような効果がほどこされたコマといった作画・演出上の特徴にもよるのだろうし、作品の下地として幅広く深い教養があることが作用しているためでもあるだろう。
そうして考えるのは、この作風を受け継いでいる漫画家は今、果たしているのだろうか?ということだ。
80年代以降に勢いを増し、一時代を築いたホラー漫画のジャンルに一部引き継がれてはいるものの、「ホラー」という枠組みに入ってしまうとどうしても、衝撃的な演出や陰惨さが目立ってしまうように思う。
『笑ゥせぇるすまん』『魔太郎が来る!!』に関しては、ストーリーの類型としてその系譜に連なる作品をいくつか挙げることもできると思うが、発想として、藤子A的な「奇妙なブラックユーモア」精神から描かれている漫画は、すぐには思いつかない。
コワい、でもどこか上品でユーモラス、でもやっぱりコワい…そんな、藤子Aスピリットを受け継いだ現代のブラックユーモア漫画も読んでみたいと思う。

藤子不二雄Aのブラックユーモア/藤子不二雄A 小学館