円満の秘訣は「公認の不倫」!? 話題作『1122』で夫婦のあり方を考える「いい夫婦」って何なんだろうな。

レビュー

アラサー真っ只中の筆者、結婚したり子どもができたりと周囲は家庭づくりに忙しい。幸せな夫婦像がそこにあるかと思いきや、深淵を覗き込んで見ると、どこも煙のようなものが立っている。
 
芸能人の不倫スキャンダルへのバッシングが昼間のワイドショーを賑わせる一方で、「昼顔」よろしく、不倫する女たちを描いたドラマは大ヒット……。酒の席なんかで幾度となく交わされる「最近セックスしてないな」の言葉。
 
本音と建前がごっちゃになった現代で「夫婦公認の不倫」をはじめたとある夫婦の選択が「いい夫婦とは?」という答えの出ない問に重たすぎる石を投げ込んでいる。
 
渡辺ペコ先生の『1122』。パートナーを考える世代は一度でも手に取ってほしい作品である。

1122
©Peko Watanabe/講談社
 

月1回、夫は週末を恋人と過ごす

 

 
相原一子(いちこ)と相原二也(おとやん)は結婚7年目の夫婦。子どもはなし。
 
風呂にも入れないほどWebデザイナーの仕事に没頭する妻を気遣い、時折泥酔して帰っても解放してくれるおとやん。美味しいものには美味しいねと笑い、辛いことには辛いね、と言える存在。家族であり、友達であり、相棒であり、理解者。
 

 
そう、結構ふたりは「いい夫婦」をやっているのだ。
 
ふたりが重度のセックスレスで、おとやんが家庭の外に恋人をつくっていること以外は。
 

 

パートナーとしての愛情を守るために不倫を公認する

 

 
事の発端は、疲れがピークに達していたいちこが、おとやんからの誘いを心無い一言で切り捨てたことにある。
 
セックスがなくても夫婦関係はうまくいく、行為がなくても愛はそこにある。
 
確かにセックスだけが全てではないけれど……「まさかうちの旦那が」という気持ちもあったのかもしれない。しかし、おとやんは、習い始めた生け花の教室で、本当に恋人をつくってしまうのだった。
 

 
不倫をしたから即離婚なのか。もうそこに愛情はないのか。外でこそこそやるのも釈然としない、かといって離婚したいというわけではない。性愛以外の部分で離れがたいパートナーとしての関係はもうできてしまっている。
 
ふたりは「夫婦公認」として不倫行為を生活に内包することで、事態の収束を図ろうとするのだった。
 

 
不倫をルール化すればそれでよし……というわけにいかないのが男女の苦悩。自分が余計な事を言ったおかげで、そして公認としてしまったおかげで、今度はいちこがセックスをしたくなった時に拒否されるなど、歪な関係は少しずつ、より捩くれ立っていく。
 

「理想的」であることの強要とプレッシャー

 
この作品は「なんてクズな夫!」「なんて優柔不断な嫁!」という読者がプリプリ怒って終わるような単純なものではない。
 

 
クライアントの整体院では「あなたのような人は体が泣いている」だの「澱んでる」だの、
 

 
35歳という年齢を前に「早く子どもを産め」だのアレコレ言われ(またこれが同性の他人から言われるってのが結構キツいんだよなー。うるせえよっていうね)、
 

 
過去の同僚はグダグダと悩む自分をよそに、売れっ子デザイナーとして駆け上がっているし。
 
「理想的な女」「理想的な母親」「理想的なフリーランス」……。自分自身をとりまく様々な外圧に押しつぶされそうになるいちこ。そしてそういうタイミングでどうあっても優しい夫。
 

 
だからこそ、恋人ができても、目の前で恋に浮かれていても、自分とはセックスしないのに恋人を抱く夜があっても、おとやんを切り捨てることができない。
 
家庭不和のなか育ち、母親との確執が顕著な彼女は、どこかでおとやんを「愛情の拠り所」にしている節もあって、こじれた女の生き方がどうにもこうにも読み手の心にボディーブローのように効いてくる。
 

 
外圧に苦しむのはいちこだけではなく、おとやんの恋人・美月も。
 
家庭を顧みずワンマンな夫。発育が遅く、一度機嫌を損ねると泣き喚いて手がつけられない息子。療育よりも、自分が懇意にしている占い師のところへ息子を見てもらうよう執拗に連絡をしてくる姑。
 
誰も悪くないし、誰もが悪い。毎日おいしくご飯を食べられる相手と、一緒に子どもを育てていける相手と、経済的に自立しあって助けていける相手と、欲情を持ってセックスができる相手と。夫婦になったとたん、多くの役割の「1番」であることが求められる夫婦の難しさ。
 
筆者自身も親が離婚しているし、親戚も、知人も、まあ思った以上に叩いたらホコリが出る。ホコリならともかく、舞い上がったホコリで粉塵爆発を起こしそうなところまである。何のために結婚して家庭をつくるのかな……と作品を読んでいるうちに自分の経験と重なってとんでもない気持ちになってしまった。
 

ブレーキを失った果てにあるものとは……

 

 
家庭を自分ごと化できない夫への愛情は日に日に希薄になり、やがて美月は本気でおとやんと家庭をつくりたいと思うように。
 
そしていちこもまた、満たされない性欲の穴埋めに「とある方法」を考えつき……。
 
ブレーキを失った人々が、誰どんな風に生きていくか。誰かを好きになった経験があるなら、確実にどこかに刺さる話題作。ぜひ読んでメンタルをボコボコにヤラレテみてください。
 
 
1122/渡辺ペコ 講談社