炊飯器の愚痴、雛人形の恋愛話 身の回りのモノの声が聞こえる『三分間のアニミズム』

レビュー

「アニミズム」という言葉がある。
 
木々や水など、有機物・無機物を問わないすべてのものの中に魂、もしくは霊が宿っているという考え方である。古来より日本ではアニミズムの精神が浸透していて、人ならざるさまざまなものに対して人格を与え、あるときには畏れ、あるときには敬ってきた。

 
川には人格が、石にも人格が。じゃあ、家電には?日用品には?
 
『三分間のアニミズム』は、たとえばホームベーカリーや蛍光灯、学校の机や電車の運賃表など、私たちの周囲をとりまくさまざまな「モノ」に人格が宿っていたらという“ if ”をコミカルかつ繊細に描きだしたオムニバスストーリーである。
 

三分間のアニミズム
©サメマチオ/小学館
 

本職を全うできない家電たちの嘆き

 
たとえばパンを捏ね上げ焼きあげることが矜持であるホームベーカリー
ある日、そのプライドがズタズタに砕かれる出来事が起こる。
 
餅つきだ。
 
持ち主の友人が「お餅機能なくても、生地こねモードがあれば十分つける」と言い放ったばっかりに、パンづくり専門の彼の体内にはもち米が詰め込まれ、かくしてツヤツヤのつきたて餅が完成する
 
がっくり肩を落とす(比喩である)ホームベーカリーの肩を叩く(もちろん比喩である)炊飯器。斜め上の使い方をどこで習得してくるのかしらないが、やるんだよあの人らは……と諦観の表情。なぜなら彼もまた、米を炊く以外の使われ方を頻繁にしているからだ。極めつけは「俺なんて何回ガトーショコラ焼いてると思ってるんだよ」
 

この炊飯器は最近、豚の角煮まで作っている始末。
 
うんうん、そうだよな。お前は米を炊くために生まれてきたのにな……。いやでもごめん、炊飯器ガトーショコラって楽なんだよね。ちなみにクックパッドで調べたら250件以上もレシピが投稿されていた。この投稿の数だけ、本職を全うできない炊飯器たちがボヤいていると思うと、なんだか可笑しくて思わずクスリ。
 

雛人形の結婚生活

 
ホームベーカリーや炊飯器とは真逆に、あえて別の使い方をしてあげたくなるモノも登場する。雛人形だ。
 
人形職人のもと、女雛たちは「イケメンがいいわ」「誰でもいい夫婦なんて不毛よ!」と、未来の伴侶に思いを馳せる。購入されて並べられるまで、どんな相手なのかわからない。対に宛てがわれたが最後、変更ができないためお婿さんへの願望もひとしおである。
 

「誰でもいい夫婦なんて不毛」といいつつ、職人の腕がいいので、女雛も男雛もみんな同じ顔である。
 
そんなガールズトークに華を咲かせて待ち望んだ相手だったのに、会えるのはひな祭りの時期のわずかな間。しかもお互いが正面を向いているものだから表情がわからない
ようよう夫婦となったふたりなのに、人のために飾られて終わるなんて、それが役目とはいえなんとも寂しいものではないだろうか。
 
「難儀な宿命ですね」と、見えない隣の妻へつぶやく男雛の言葉に、私がもし雛人形を飾ることがあったら、1日くらいは互いの顔が見えるよう、向き合って置いてあげようと硬く誓った。
 

持ち主が雛飾りを出すのが遅すぎて、たった1日だけの逢瀬となった。
 
「まぁ一緒にいるだけ……七夕よりはマシですよ」と箱に片付けられていく雛人形。
 
この数話先では七夕をテーマにしたエピソードがあり、彼のこの言葉がその話への小さなフラグになっている。会えないけれどすぐ隣にいる雛人形とは違い、会えない上に互いが遠く離れたところにいる織姫と彦星。雛人形たちのやりとりを踏まえた上で読むと、切なさが倍増する話になっている。
 

見送る洗濯バサミのエール

 
洗濯バサミのエピソードも紹介したい。
とある家のベランダ、家庭内暴力の傷跡が顔に生々しく残る主婦に、洗濯バサミが必至に語りかける。「もし僕が鳥になれたら……」と。
 

洗濯バサミが他者のために「鳥になりたい」と願う印象的なシーン。
 
連日繰り替えされる暴力と罵倒。
屍のような日々を送っていた主婦は、ふとしたことをきっかけに家からの逃亡を計る。
財布、携帯、通帳……最低限の必需品だけを慌ただしく抱えて飛び出していく彼女の手元、ベランダで彼女へ激励を飛ばし続けた洗濯バサミの姿は、ない。
 
もし洗濯バサミの声が聞こえていたら、きっと主婦は彼を連れて行っただろう。
 
でも、洗濯バサミの声は人間には聞こえない。モノの叫びが人間に届くことはない。
 
置いていかれる寂しさや選ばれなかった切なさ、それでもモノとしての宿命を受け入れる。最後、振り返らずに駅へ駆け抜けていく主婦の背中を、「これでいい」と見送る洗濯バサミの小さなエールに、思わず目頭が熱くなった。
 

身の回りのモノが愛おしくなる

 
普段何気なく使っているモノも、聞こえないだけで人格があるのかもしれない。
そう考えると、とたんにその辺に放り投げていた鞄や、洗いもせずシンクに浸け置いたままの鍋が愛おしく思えてきた。毎回ぞんざいに扱っててごめんな……。
 
人の営みをとりまく多様なモノたちの声を集めた『三分間のアニミズム』、1話あたり数ページと大変読み進めやすく、読語感もサッパリしている。でも、一度たちともこのマンガを読んでしまった今、耳をそばだてればモノの声が聞こえてきそうでなんともワクワクがとまらないのである。