失敗を受け入れてくれる人がいることの尊さ『どうして私が美術科に!?』

レビュー

現代は、とにかく「失敗」が許されない世の中だ。
 
SNSで不用意な発言をしようものなら、即炎上。会社の上司は「失敗を恐れるな」と言うくせに、本当に失敗すると「何をやってるんだ」と怒られる。つらい。
 
そんな社会に息苦しさを感じている方にこそ、『どうして私が美術科に!?』をおすすめしたい。

本作のヒロインたちも、何かを間違えたり、理想と現実のギャップに苦しんだりしている。それでも同じ悩みを持つ仲間と手を取り合い、前を向いて歩いていく姿に、明日への活力をもらえるはずだ。
 

どうして私が美術科に!?
©相崎うたう/芳文社
 

「間違えて美術科に入ってしまったなんて、あほすぎて言えないっ…!」

美術科に通う高校1年生・酒井桃音(さかい・ももね)には、誰にも言えない恥ずかしい秘密があった。
 
本当は普通科に入るつもりだったのに、願書の提出ミスによって間違えて美術科に来てしまったのだ。
 

 
当然、デッサンの基礎なんて知るはずもなく。絵が下手なわけではないが、どんなものもメルヘンチックに描いてしまう癖のせいで、美術の成績はすこぶる悪い。
 
授業内で終わらない課題を仕上げるため、今日もまた空き教室を探す桃音。そこで、同じく居残り常連の竹内黄奈子(たけうち・きなこ)たちと知り合い、意気投合する。
 
彼女たちの居残り風景は、まるで部活動をしているかのように賑やかで楽しそうだ。
 

 

「何か」になれなかった女の子たち

しかし本作は、単に落ちこぼれの女の子たちの日常を面白おかしく描いただけのギャグ漫画ではない。デッサンに陰影が欠かせないように、桃音たちの明るい笑顔の裏には、常に陰がつきまとう。
 
その陰の正体は、本当になりたかった「何か」になれていないという不安。美術科という一般にはなじみの薄い場所が本作の舞台だが、彼女たちの悩みは、私たちの誰もが持つありふれたものだと気づかされる。
 
ごく普通の高校生活を送りたかったのに、課題が多くて部活動をすることもままならない美術科に入ってしまった桃音。
 
留年してしまった挙げ句、プロを目指して賞に応募している漫画も落選続き。人生というストーリーの主人公になりそこねた菱川翠玉(ひしかわ・すいぎょく)。
 
幼馴染の浦上紫苑(うらがみ・しおん)のような秀才になりたかった河鍋蒼(かわなべ・あおい)と、反対に蒼のような天才になりたかった紫苑。
 

 
そして、両親に好かれる子どもになりたかった黄奈子。
 
特に芸術に興味のない彼女が美術科に進学したのは、親に勧められたから。そうすれば、仕事が忙しくて家を空けがちな両親も、少しは自分を気にかけてくれるかもしれないと考えたのだ。
 
けれど、現実は変わらず。だったら、美術科にいる意味もない。退学すら検討していた黄奈子を救ったのが、桃音の言葉だった。
 

 「桃音が美術科に入ってくれて出会えてよかった」って
黄奈子ちゃんがそう言ってくれて美術科でよかったって思えたんです

(1巻108p 1-2コマから引用)

 
元々は、間違えて美術科に入ってしまい落ち込んでいた桃音を励ますために、黄奈子がなにげなく発した言葉だ。それがいま、そのまま黄奈子に返ってきている。
 
どうして美術科にいるのかも分からない自分なんかを、「いてくれてよかった」と言ってくれる人がいる。うれしくないわけがない。
 
本来の目的地とは違う場所で、失敗した自分をありのままに受け入れてくれる人に出会えたとしたら。その場所を安住の地と定める理由としては、充分すぎるのではないだろうか。
 
どこにいるかではなく、誰といるか。「連載開始当初、自身も高校生だった」という、相崎うたう先生のまっすぐなメッセージが胸に響く。
 

 
本作は、「次にくるマンガ大賞2018」のコミックス部門にもノミネートされている。
 
単に面白い漫画を探している方はもちろん。第一志望の学校や会社に入れなかったり、職場で自分が望む部署に配属されなかったり、桃音たちのように「何か」に失敗した経験がある方に、ぜひ読んでほしい。
 
 
どうして私が美術科に!?/相崎うたう 芳文社