見惚れてしまうのはチャンバラ劇と「凛々しい犬」  南総里見八犬伝をおいしく料理した漫画作品『BABEL』

レビュー

漫画やアニメといった創作物の世界を見わたしてみると、
「擬人化キャラクター」があふれている昨今。

人間キャラにねこみみ、いぬみみ、しっぽをつけるのは序の口。
イカと人間を融合させた「イカ娘」なんてキャラクターもいました。白血球も赤血球も漫画で擬人化されてしまう時代になっています。
とにかく日本人は擬人化が大好きです。

昔の人たちが愛した物語でさえも、キツネの生まれ変わりだとか、はたまた「あの者の正体は妖怪である。」なんて物話がわんさかあります。
もう物語を書き始めたころから、日本人のDNAが求めるかのごとく擬人化を愛しているようです。

江戸時代に、人々に熱狂的な支持を受けた小説家がいました。
名を曲亭馬琴(きょくていばきん)といい、
千葉県を舞台にした小説『南総里見八犬伝』を書き残した方です。

江戸時代で最も人気のあったファンタジー小説とされており、歌舞伎や浄瑠璃の演目となり、関連グッズもたくさん売り出されたといいます。刊行全106冊。壮大な物語です。

そして平成の世に『南総里見八犬伝』をモチーフにした新たな作品が生み出されました。
石川優吾先生作『BABEL』です。

BABEL
©石川優吾/小学館

『BABEL』では『南総里見八犬伝』をモチーフにしているものの、原作とはストーリーラインが異なっています。なのであくまでも世界観とキャラクターを拝借した作品といって良いでしょう。

舞台は室町時代末期。比叡山にて僧侶とともに修行をする犬がいました。名をハチとい
います。

この犬は僧侶の「丶大(ちゅだい)様」とともに7年間毎朝修行をかかさないスゴイ努力家なのです。丶大様も厳しい修行をこなしており、弟子たちからの信頼が厚いのですが、なにしろ丶大様の修行に付いてくることができる一緒にいる犬がすごいらしいぞと評判になります。

序盤の見所は石川優吾先生独特の、大胆な見開きのページを使用したコマ割りや、物語の始まりであるにも関わらず吹き出しも説明もない描写。
紙面であるにも関わらず、思わず息を呑むような迫力のあるシーンに「序盤でこの迫力。この後の物語の描写はもっとすごいのか・・?」と期待させられます。

伝説のお犬様、有名になる

ハチと丶大様は修行の道中で命を脅かす出来事に遭遇します。しかし奇跡的にも乗り越え、その噂は日本全土を飛び交います。
どうやら比叡山にすごい犬がいるらしいぞ。神の犬らしいぞと。伝説的な犬になったことを機に、名前をハチから八房(やつふさ)へと改めます。
八房の噂を聞いて、全国から助けを請いたい人たちが比叡山に集まり始めます。

その中で「我が国をどうにかお救いいただけないでしょうか。」と懇願しにきたのが里見家の伏姫(ふせひめ)でした。

天候不良の飢饉に民は飢え、国が弱りきっていたところに隣の国からの襲撃を受けて城はもうあとがない。どうか神の犬の力をお貸しいただけないかと伏姫(ふせひめ)は言います。

国を救うために千葉県から京都の比叡山までわざわざやってきた姫の登場に、ついに物語が始まる・・とワクワクさせられます。

呪いをかけられた里見家

姫が八房に懇願しているころ、里見家では城の頭上に怪しい雲がたちこめ、兵は疲れ切っています。

こ、この怪しい妖気!
だれかの呪いの予感がぞくぞくしますね。

『BABEL』の中で重要な役割を持っているのが「呪術」です。恨みがあれば、いまはらしてくれようと、死後を乗り越えた怨念が里見家を呪います。
呪っているのは妖婦「玉梓(たまずさ)」です。

さあこの呪いと災いとどう立ち向かうのか 。ここまでが第一巻のさわりです。そしてその後、いよいよ八犬士の登場も・・・。

その昔、原作の著者である曲亭馬琴(きょくていばきん)は訪ねてきた人から里見の八犬士の話を聞いて、それは面白い話だから本に書くよと約束しました。しかしながら内容を思い出せません。どうやら夢の中で訪ねてきた人からお話を聞いて「里見の八犬士」という単語だけ残ったようです。
この内容を膨らませて刊行した作品が大ヒット。そして自分の名前が後世に残ったというのですから、なんという夢の中のお告げだったのでしょうね。そしてこの作品は今まで多くの小説家に影響を与えたと言われています。

私にも、夢の中で生涯食べるのに困らないほどのアイデアのお告げが来たらいいな、なんて思ってみたり。

絵柄も浮世絵を想起させるような絵で、世界観に引き込まれます。どうか幻想的な世界観を楽しんで欲しいと思います。

BABEL/石川優吾 小学館