「奇妙なセールスマン」漫画が美しくファンタジックに進化。『バベルハイムの商人』

レビュー

不思議な金貨をめぐる、人と悪魔のゴシックな寓話

「魔法」「悪魔」「精霊」…といったモチーフが飛び交う、いわゆるファンタジー的な世界観は、少年または少女向け漫画の定番のひとつだ。10代の頃に夢中になった人も多いだろう。
豊かな想像力でつくられた、現実とは異なる世界の物語を受け入れ、その世界に入り込むことには、実は結構エネルギーが要ると思う。個人的にも、社会人になってからとみにそういった作品を読むのに「覚悟」のようなものを必要とするようになった。
そんな私が、大人になってから読んでハマった、数少ないファンタジー要素の強い漫画が『バベルハイムの商人』だ。

バベルハイムの商人
©古海鐘一/マッグガーデン

作品世界のカギは、「運命金貨」という不思議なコイン。
偶然にせよ故意にせよ、この金貨を手にした人間は、悪魔と取引ができる交易の輪=“バベルハイム”に招かれることになる。
各エピソードの狂言回し役であり、物語全体の主人公であるユージンは、そんなバベルハイムの商人として、金貨を手に入れた者のもとを訪れ、金貨と引き換えにその人間の「求めるもの」を売る悪魔である。

奇妙なアイテムを手に入れた人間たちは、そのアイテムが持つ「制約」に翻弄され、悲劇的な結末を招くこともあれば、時には「制約」を逆手にとって、うまく使いこなしてみせることもある。
そんな人間たちのドラマが、序盤では描かれていく。

人間よりも人間らしい(?)、愛すべき悪魔商人たち

欲望や悩みや憎しみを持て余した人間にもたらされる「制約を守って用いれば願いを叶える手助けになる力」、そしてそれを与える「不思議な存在」が浮き彫りにする人間の愚かしさやしたたかさ…という基本的なテーマは、『笑ゥせぇるすまん』(藤子不二雄A)を一つのルーツとするといえるだろう。

ただ、本作でその役目を担うユージンは、謎に包まれた不気味なだけのセールスマンではない。信念と信義を重んじる、紳士然としたスマートな悪魔商人である。

彼自身のバックグラウンドや、彼に従う助手の黒田(西洋の少年風の風貌なのに、こんな名で呼ばれているのにも理由がある)の謎も物語を追うにつれ少しずつ明かされていく。
1話完結のストーリーの面白さに加えて、このユージンや黒田、仲間(?)の悪魔たちの、ユニークで(悪魔ながら)血の通ったキャラクター像は、本作の大きな魅力だ。

丁寧で美しく明快でユーモラス。大人に「ちょうどいい」ファンタジー

運命金貨によって取引されるアイテムの造型や、その力がもたらす現象、それにともなう人間の心理…等のイメージ描写は禍々しくも美しく、微細な描線で表現されたそれは、古い時代の手稿本のようでもある。
ところどころに挟まれる小ネタや強烈にユーモラスな表現も、描線が上品なだけに強いインパクトがある。ホラーと笑いは常に近い存在であることをしみじみ実感させられる。

ユージンの鮮やかな「口上」や、芝居がかった(教養を感じさせる)セリフ回しも読んでいて心地よく、あらゆる面で丁寧に構築された世界観を、読者は安心して堪能することができる。

そうして丁寧につくられた世界で展開される物語は、前述の基本的なストーリー構成といい、2巻で登場するユージンの敵方の悪魔・メフィストフェレスとユージンの対立構造といい、一見難解そうな妖しい世界観を背景としていながら、良い意味でシンプルな、わかりやすいものだ。
これが、「ファンタジー的なもの」に対して構えてしまう筆者のような読者もハマれる理由ではないかと思う。

ユージンらの過去や運命金貨をめぐる背景、環の中に加わった人間たちのその後まで、過不足なく語られた全5巻は、ひととき現実から物語の世界に浸りたい時にぴったりのサイズ感だ。
秋口の夜のお伴に、ぜひどうぞ。

バベルハイムの商人/古海鐘一 マッグガーデン