「赤ちゃん」で今の日本がわかる!? 『赤ちゃん本部長』が描くユートピアと現実

レビュー

赤ちゃん本部長
©Sachiko Takeuchi/講談社
 
『赤ちゃん本部長』はタイトルそのままに“本部長が赤ちゃんになってしまった”というコメディ作品。身も蓋もない? いやいや、ここには今のこの国に足りないものがたくさん描かれているんです。
 
ある日突然赤ちゃんになってしまった武田本部長(47)。しかしその内面は以前と変わることなく、本人は仕事する気満々です。直属の部下である坂井部長(40)、天野課長(35)、平社員・西浦(28)の3人が中心となってお世話をしながら、本部長率いる営業部は今日もガンガン仕事を取りに行くのでした。
 

 
ここに描かれているのはある種のユートピアです。実際問題、ある日突然上司が赤ちゃんになってしまったらどうなるでしょうか。おそらくは即座に排除されるか、女性社員ばかりが世話をすることになるでしょう。ところが本作においてはまず男性が積極的に本部長の世話をします。しかもすごく楽しそうに。
 
「俺たちが若い頃は男が子育てをする習慣すらなくてな それより働いて稼いでこいなんて時代だったんだ」(P96)と本部長を抱っこしながら述懐する副社長に、「わかるよ 当時俺も貧乏で子供にろくな物も買ってやれなくて なさけなくて必死でお金を稼いだが でも そんなことよりこうして抱きしめてやることが大事だったんだよな」(同)と続けるのは専務。時代は変わりました。
 
その時代の変わり目を“赤ちゃん”という存在を通して見るとなんとわかりやすいことか。坂井部長はディンクス、天野課長は独身主義者、西浦は同性愛者でパートナーとの間に娘がいます。「課長は普通に結婚できるのに なんで… さみしくないんですか?」(P123)と訊ねる西浦に天野課長はこう答えます。「結婚も恋愛も無理にする方が何倍もさみしい 自分が満たされる生き方を模索してたら自然にこういう形になった それをお前にさみしい形だと思われていることの方がオレはさみしい」(P124)。恋愛して、結婚して、子どもを産み育てる……という“幸福像”は完全に過去のものとなったことを、この作品は露わにします。
 
それぞれにそれぞれの事情があって、赤ちゃんには赤ちゃんの事情があり、独身主義者には独身主義者の事情があるのです。でもこの独身主義者は赤ちゃんを排除しませんし、それどころか赤ちゃんの世話を買って出るのです。
 
なんて優しい世界でしょう。でも現実はそうではありません。電車内でのベビーカーに関してはニュースになる度にネット上では見るに堪えない罵詈雑言が溢れかえります。嫌がらせを恐れてマタニティマークをつけない妊婦さんも増えていると言います。
 
不寛容とは第一に想像力の欠如に由来します。漫画は私たちに足りない想像力をいともたやすく補充してくれるのです。しかも極上のエンタテインメントとして。『赤ちゃん本部長』はその最たる作品であり、もしも今ここに赤ちゃんがいたら?と想像することで、あるべき世界を指し示す希望の書であります。
 
赤ちゃん本部長/竹内佐千子 講談社