M-1出場でも話題に!笑いとは、才能とは、相方とは? 森田まさのりが芸人をテーマに描いた『べしゃり暮らし』

レビュー

笑いの祭典「M-1グランプリ」。2018年大会は結成6年目の若手、霜降り明星が史上最年少チャンピオンに輝いたことが記憶に新しい。3年連続準優勝で苦杯をなめた和牛、ほぼ無名の存在ながらも確かな爪痕を残したトム・ブラウンらも大きな話題を集めた。

その一方で、準々決勝敗退にも関わらず、一躍脚光を浴びたコンビがいたことをご存知だろうか。現役漫画家の2人からなる、その名も“漫画家”である。コンビを組むのは、名作『ROOKIES』や『ろくでなしBLUES』で知られる森田まさのりと、大喜利をテーマにした『キッドアイラック!』などを手がける長田悠幸だ。結成1年目のアマチュアであることを考えれば、上記の結果は快挙と呼んでいいだろう。

「話題や人気が先行して予選を突破できたのでは?」と疑ってはいけない。基本的に彼らの漫才は、森田のこれまでのキャリアを存分に活かしたもの。森田は尾田栄一郎や冨樫義博、井上雄彦らと自身を比較しながら、ひたすら自虐ネタを繰り広げ、会場を大いに沸かせていた。漫画ファンなら、なおさら笑えること間違いなしだ。

そんな森田まさのり、実は「M-1グランプリ」と浅からぬ縁がある。漫才中でも触れていたが、森田が手がけるマンガのイラストが、大会公式ポスターとして3年連続で起用されていたのだ。その作品が、お笑い芸人をテーマにした『べしゃり暮らし』である。

べしゃり暮らし
©森田まさのり・スタジオヒットマン/集英社

学園の爆笑王と元高校生漫才師がコンビに

『べしゃり暮らし』は、2005年〜2015年にかけて連載され、全19巻で完結した作品だ。“学園の爆笑王”である主人公・上妻圭右と、元芸人・辻本潤の2人が高校3年で出会い、お笑いコンビ「べしゃり暮らし」を結成。高校卒業後、お笑い養成所に通いながら、漫才コンテスト「NMC」で優勝を目指す物語である。

上妻の笑いに対する執念は尋常ではない。とにかくウケたいという一心で、常にボケることを考えているし、笑いを得るために多少の犠牲はいとわない。時折見せる天然な姿も含めて、天才的な笑いの才能を持っている。対する、辻本も抜群の才能の持ち主で、プロの芸人から目をかけられているほどだ。

そんな上妻と辻本が組めば、学校ではまさに敵なし。お昼の放送で2人がトークしても、学園祭の漫才コンテストに出場しても、得意のアドリブ、即興漫才を武器に、爆笑を勝ち取る。しかし、学校の外に出ると、プロの世界は甘くはない。2人の前に、さまざまな壁が立ちはだかる。

お笑い芸人として生きる苦悩

笑えて面白い作品であることは確かだが、『べしゃり暮らし』は“お笑い芸人の生き様”といった深いテーマを真剣に描いている。なんでも森田まさのりは、この作品を描くにあたって、吉本興業の養成所NSCに1年間通うなど、かなり濃密な取材をしたそうだ。

いつ陽の目を見るか分からない芸人として生きることの覚悟、「もし売ってたら借金してでも買いたい」と涙するほど才能への嫉妬や羨望、それでも歯を食いしばって続ける努力……。作中では、お笑いコンビ「べしゃり暮らし」のライバルや先輩芸人などのエピソードを通して、芸人として生きることのさまざまな苦悩が描かれる。そしてプロの芸人となる過程で、親友だった上妻と辻本、2人の関係性が次第に揺らいでいく様を追って、「相方とは何か?」といったテーマにも焦点を当てている。

上記で挙げたような内容は、自分の夢に向かって真剣に取り組むこと、才能がないと嘆きつつも努力するしかないこと、恋人や夫婦の関係性といった普遍的な事柄に置き換えられる。だからこそ、『べしゃり暮らし』を読んでいると、つい涙を流し、胸が熱くなってしまうのだろう。描かれているのはお笑い芸人ではあるが、まるで自分自身に向けた物語のように心に響くのだ。ぜひとも多くの人に読んでもらいたい。

ちなみに、森田まさのりはインタビューなどで『べしゃり暮らし』続編への意欲を語っている。M-1出場という経験を経て、いったいどのような物語が紡がれるのか。上妻と辻本がどのように描かれるのか。今から楽しみだ。

べしゃり暮らし/森田まさのり・スタジオヒットマン 集英社