暗殺ピカレスクアクション『CANDY&CIGARETTES』少女と老人、 絆で巨悪に乗り込む

レビュー

『COPPELION』の作者・井上智徳が現在連載している、少女と老人のアクション漫画CANDY&CIGARETTES。11歳の殺し屋少女と、元SPのじじいが相棒となって裏社会で戦う作品だ。ハードボイルドなじじいと、キラーマシーン少女の華麗さ。痛快すぎるので、今すぐアニメ化して動かして!

 

CANDY&CIGARETTES
©井上智徳/講談社
 

ならず者がならず者を掃除する、簡単なお仕事

警視庁の元SP、平賀雷蔵(ひらが・らいぞう)65歳。定年退職だからもう働くあてがない。
 
彼はお金を欲していた。孫が難病にかかってしまったからだ。絶望にくれていた彼が見つけたのは、月100万支給の仕事、独立行政法人SS機構。あからさまに怪しい。
 
でも背に腹は代えられない。早速仕事についた彼の最初の仕事は、ホテルの掃除。指定された部屋には、拳銃を持った少女が1人。頭を撃ち抜かれた死体が1つ。
 
話によると、SS機構は政府公認の暗殺組織らしい。権力を盾に悪を行う人間をつぶすには、ならず者を雇ってぶっ殺す、という仕組み。
 
少女の名は涼風美晴。11歳の小学生。支持された相手を的確に即死させるプロフェッショナル。
 
雷蔵は腹をくくって美晴を手伝い、2人セットで暗殺活動に取り組むことになる。
 

少女の右手に拳銃、左手にナイフ

美晴の異常な強さは見所のひとつ。
 
サイレンサー付きの銃を握り、息をするように対象を殺していく。百発百中のヘッドショットを決め、彼女が歩いた道には死体しか残らない。
 

 
近距離戦でのナイフの扱いにも長けており、すれ違いざまに相手の急所を一瞬で切りつける。
 
スナイパーライフルを使いこなし、自動車相手にはRPGを撃ち込む。クロスボウガンもしれっと扱う。体術に長けており、力の強い男性の攻撃をするりと避けてナイフで喉を切って一撃ダウン。
 
一応2巻以降は彼女と互角に戦う敵が出てくるものの、普通のSPやチンピラ程度では彼女の足止めにもならない。
 
小さい女の子が男どもをモリモリ倒していくのは、古今東西魅力的なモチーフだ。この作品では美晴は、無表情で、返り血を浴びながら、相手のことを見もしないで殺戮する。美晴の姿は、戦の女神感と、悲しいヒロイン感をあわせもった、フェティシズム満載だ。
 
彼女の瞳の表現が特徴的だ。彼女は暗殺行動に入る際、目がベタ塗りになり、光を失う。
 
「殺し屋はね まず自分を殺すんだよ」
 

 
目に光がないシーンは、自分の心を殺している状態なのだろう。雷蔵老人から見たら、いたいけな子供がこんな状況におかれるなんて、やりきれなくてしかたない。
 
ただこの漫画の場合「悲しい話だ」で片付けられるほど簡単ではない。というのも彼女は心の髄までのキラーマシーンではないからだ。目に光が入っている方の美晴は、ちゃんと感情も意識を持っている。つまり彼女の今の状況は、本人が望んだものでもあるのだ。
 

 
少女が暗殺を行う際の「罪悪感」「恐怖感」は、あるにはあるが、この作品ではあまり重視されない。それよりも老人と少女が、仲間として信頼しあうバディ関係をどう描くかの方に重きが置かれている。
 
言葉にすること無く通じ合い、お互いを守り、裏社会に飛び込んでいく。2人の絆の成長物語だ。
 

元SPをなめんなよ

美晴が対象に切り込むナイフだとしたら、雷蔵はそれを守る盾だ。
 
彼女が仕事を遂行しやすいようにサポートし、後片付けの手回しをする。情報を整理し、逃走経路を作る。
 
彼自身は人を殺さない。ただし要人の警備にあたっていたSPだけあって、実力は本物。剣道7段以上、柔道5段以上、拳銃操法上級の腕前は健在。素手格闘で相手をねじ伏せ、ドライビングテクニックで街を車で駆け回る。美晴がやらない部分でのアクションを力強くこなしてくれる。
 

 
雷蔵は、孫を救うために何にでも手を染める、と覚悟済み。美晴の選択と行動のためならプロとして、相棒として手を貸す、とも決意している。だから彼の行動理念は決してぶれない。
 
彼は美晴の部屋を訪れたことがある。暗殺で稼いだ報酬が溜まりに溜まって、ものすごいお札の量になっていた。美晴はお金に全く興味がない。むしろ趣味ひとつない。
 
「おっちゃんお金があればもう働かなくて済むんでしょ?いいよ持ってって」と言われる雷蔵。だが彼は断った。
 
「ガキの分際で余計な心配はするな もう覚悟は決めてるぜ 俺はお前の相棒だ 美晴」
 
雷蔵が美晴の境遇を察し、自分と美晴の関係を決めたシーンだ。以降、雷蔵は孫のためだけでなく、美晴のために動き始めるようになる。
 
美晴が雷蔵の部屋に遊びに来たとき。一人でさみしいんなら いつでも来ていいぞ」という雷蔵。それに対し美晴は笑っていった「やだよバーカ この部屋タバコ臭いもん」。それ以上は踏み込まない。
 
これが「相棒」独特の関係だ。
 

俺が、あたしが、助ける。

2巻までは一緒の行動が多かった2人。しかし3巻からは別行動になってしまう。
 
雷蔵は相棒である美晴を救いたいと行動しはじめる。美晴は雷蔵に迷惑をかけたくないと1人で危険に立ち向かう。
 

 
気がつけば、お互い生命をかけて守ろうとする、大切な存在になっていく。でも、雷蔵が美晴の足を洗わせようとか、美晴が雷蔵の孫を救おうとかはしない、あくまでも仕事仲間だ。それでも身の危険を伴っても救いに行く2人の絆を、この作品は描く。
 
美晴の過去の話が明確化し、彼女たちが巻き込まれている暗殺合戦の裏が判明してからが本番だろう。物語は政治の話もからみ複雑化していくが、自分のため・雷蔵のため戦う美晴と、孫のため・美晴のため走る雷蔵の姿は全く揺らがないので、読んでいて難しいと感じさせられる部分はあまりない。
 

 
2巻では、ピンチに身体をはって助けに来てくれた雷蔵に、美晴が思いっきり抱きつくシーンがある。心に蓋をし、最低限のコミュニケーションしかとらず、黙々と暗殺を続けてきた彼女が、心から信頼する相手ができたシーンだ。
 
にしても美晴たちだって暗殺者なんだから、悪なのではないか、という疑問は頭をよぎる。あくまでも「ならず者」。どこかで精算しなければいけない日が来るのかもしれないけど、今はパワフルな2人を楽しんでおこう。死神だって2人の絆を見たら腕を組んで微笑んじゃいそうなくらい、素敵な関係だもの。
 
2人が一緒にいれば、きっと最強。美晴と雷蔵がかけがえのない相棒として手を組み、巨悪に立ち向かうアクションの痛快さ、ぜひ味わってほしい。
 
 
CANDY&CIGARETTES/井上智徳 講談社