作り変えられていく街で生きのびるために。『鉄コン筋クリート』

レビュー

2020年のオリンピックに向けて東京は今、ものすごい勢いで作り変えられている。

都市開発のため、老朽化のため、街の発展のため……さまざまな理由で、きれいなビルがバンバン建てられていく。同時に、日本特有の下町風景が少しずつ姿を消している。
例えば、去年取り壊された下北沢・駅前食品市場。そこは映画版『鉄コン筋クリート』の、ある場面のモデルになった場所であった。

鉄コン筋クリート
©松本大洋/小学館

時代の流れには逆らえない。人にも店にも寿命がある。受け入れるしかない。それでも、好きだった風景が消えていくのは、悲しい。自分のアイデンティティーが欠けていくような気がしてしまう。

本作の舞台である『宝町』は、東京とよく似ている。宝町は、昔、人情があふれる古き良き町だった。しかし時代とともに、人も町も、きれいさっぱりとしたものに変わっていってしまう。

そんな宝町には、町開発に抵抗する人々がいた。

変わってしまった元・人情の町『宝町』

主人公のシロとクロは、宝町に住み着くストリートチルドレンである。2人は、宝町で調子に乗っている人間をリンチしたり、スリをしたりして日銭を稼いでいた。警察から逃げるのが日常茶飯事の日々だったが、2人は誰にも縛られず、自由に生活している。

一方、宝町の中心部では、町を牛耳るヤクザと外部企業による、町開発計画が進められていた。ヤクザの中には、昔ながらの宝町を愛する者もいたが、計画が止まることはない。

シロとクロも、町が変わりつつあることを薄々感じていた。外から来た子供たちに奇襲をかけられたり、なじみの店が潰れてレジャー施設ができあがっていたりと、少しずつ異変が起きていたのだ。

そんなある日、宝町の開発を進める企業のリーダー・「蛇」が現れる。蛇は開発に本腰を入れ始め、邪魔するものを「掃除」し始めた。その日を境に、シロとクロは、不気味な殺し屋3人組に襲われるようになってしまう。

殺し屋の力は圧倒的で、シロとクロは次第に追い詰められていく。そしてとうとう、シロが刀で刺され、重傷を負ってしまう。

命は助かったものの、これ以上シロを守れないと判断したクロは、シロを警察に保護してもらうことにした。ひとりで殺し屋と戦うことを選んだクロは、心の支えだったシロがいなくなったことにより、精神のバランスを崩し始める……。

シロの純粋さに救われていたクロ

心のバランスを崩したクロは、宝町を守ることより、次第に殺し屋達とのケンカを楽しむようになってしまう。幻覚や妄想が入り混じり、どんどん人間性が薄れていく。

対してシロは、警察署で生活しなければならない状況をすんなり受け入れる。シロは今まで通り、純粋な目で世界を見て、分け隔てなく人と接していた。そんなシロの行動は、世話係だったカタブツ刑事の心までやわらかくしていた。

突拍子もない行動や不思議な発言をするシロは、幼いこどものもののように見える。しかし、シロのような純粋さ、正直さは、人らしく生きるための必需品だと思うのだ。

そしてシロは、自分の生活が変わっても、人を憎んだり絶望したりしなかった。強い心の持ち主である。相棒のクロを信じ続け、自分は以前と変わらない目線で世界を見続けていた。

居場所を奪われたからといって、自分らしさや生きる意味がすべて失われてしまうわけではないのだ。

まとめ

ネタバレになってしまうので書くことはできないが、最終的にシロとクロが選んだ生き方は、とても魅力的なものだった。
環境やまわりの人々が変わってしまっても、自分の生き方や心は奪われたくない。どんな環境でも力強く、楽しそうに生きるシロとクロに、現実を生き抜くための希望が見える。

激動の時代である今だからこそ、『鉄コン筋クリート』を読んで欲しいと思う。

鉄コン筋クリート/松本大洋 小学館