寡作な漫画家・豊田徹也が描く映画のワンシーンのようなショートストーリーズ『珈琲時間』

レビュー

珈琲時間
©豊田徹也/講談社

漫画記事を書くなら僭越ながらぜひ紹介したいと思っていた大好きな漫画家の一人に、豊田徹也先生がいる。
学生時代、彼のデビュー作『ゴーグル』(講談社)を本屋でジャケ買いしたのがきっかけで彼を知った。

瞬時に「好きだ」と思った。物語合間合間の余白の作り方が秀逸で、映画館で映画(とくに情緒のある人間ドラマのような映画)を観ているときのような味わい深い時間の流れ方に、良いものを読んだ時に出るため息がでた。
デビュー作『ゴーグル』はアフタヌーン四季賞夏の四季大賞を受賞している。審査員であった故・谷口ジロー氏に「ほとんど完璧な作品だ」と言わしめたほどの実力の持ち主だ。

しかし彼の漫画を読んだことのある人は多くないだろう。
理由はシンプル。彼が寡作な漫画家だからだ。

いままで出版してきた漫画は
・『アンダーカレント』(2005年)
・『珈琲時間』(2009年)
・『ゴーグル』(2012年)
の3作のみ。

これらはどの作品も高い評価を得ている。新作が心から待ち遠しい漫画家の一人だ。

その中でも大好きな『珈琲時間』。彼の作品で最もユーモアがちりばめられている短編集で、豊田作品を初めて読む人でも楽しめる作品だ。また、歴代の登場人物がちらほらと出演しておりファンにはたまらない1冊でもある。
珈琲が出てくるシーンを切り取った全17話。今回はここから、タイプの違うお気に入りの2作品を紹介する。
(全部好きすぎて選定に1時間以上かかった!!)

弱い心にそっと沁み込む「すぐり」

学校に行っていない高校生(と思われる)はるみが叔母の家を訪れる話。叔母はコーヒー豆を自家焙煎するため、コーヒーの味を損なう要因になる欠点豆を選別していた。

その姿を見ながらはるみは叔母に問う。「……やっぱり欠点豆って無いほうがいいんだね」。

そこから会話は続き、さらにはるみは訊く。

「生きてるってどういうこと?」

叔母は割れていくコーヒー豆を見つめながら「変わっていくことかな……」と言う。
そこからコーヒーが出来上がり美味しいケーキを食べながら他愛もない会話をたのしむ二人。

はるみが帰ったあとの叔母の行動がとても良いな、と思うので読んでほしい。
はるみの思春期ゆえの心の脆さにこちらがドキドキするが、核心に触れることはせず、静かに見守る叔母の関わり方に優しさを感じた。傷ついたとき、その傷に触れないで普段通り接してくれる相手は必要だ。

読んだ後にタイトルの「すぐり」ってどういう意味だろうと調べてみると、酸味のある赤い果実で黒スグリはカシスのことだそう。そして「選りすぐり」の意味もあるのかな、なんて考えてしまう。
それは「選ばれし者」ではないと頭を悩ませる思春期の子の酸っぱい感情を表しているのかもしれない。彼の漫画では、その会話の行間や季節を表す景色のコマなどから、登場人物たちの背景を思い描きながらつい深読みしてしまう。

もっともシュールでユーモアあふれるショートストーリー「きりん」

「ユーモアあふれるな~!」と思った話、「きりん」。
15年ぶりに故郷に帰る男性。しかし、車で走れども走れども知っている風景が出てこない。

すると来る人来る人「パンダカフェ」という名のカフェがこの先にあるか聞いてくる。

自転車……

サイドカー……

馬……

……そして去り際に忠告される。「キリンに気をつけろ!」と。

「は?」読者も同じく思っただろう。常識人がここにはこの男性にしかいないのか……。
ラスト、常識をさらに超えてくる展開が待っている。読者の頭には「!?!?」と浮かぶはずだろう。

私の読みが間違っていなければ、これはおそらく「キリンが獰猛だ」ということを言いたいだけの作品だ。それ以上でも、それ以下でもない。彼は時折、緻密な絵でさも真面目に描きながらも、平気で読者を置いてけぼりにする。それなのに「なにか深い意味があるのではないか?」と引き込まれてしまうのは、この画力と洒落た雰囲気があるからだ。

「ずるいなあ……」

そう呟やきながら笑ってしまう作品だ。

他にもインチキ臭いイタリア人や

豊田作品に度々登場する探偵・山崎(彼も好きだ!)、

心に深い傷をおった少女まで、

たくさんの魅力的な登場人物が現れる。

作中に作中の登場人物が作った映画が出てきたりと、少しずつ繋がっていくのが何度読んでも面白い点だ。

読めばきっと言いたくなる。

「さあコーヒーを飲もう!今すぐに!」(粋なセリフなんですコレが!!!)

珈琲時間/豊田徹也 講談社