お嬢様のひみつの欲望を、コンビニが刺激する…『コンビニお嬢さま』

レビュー

一般庶民にとって、お嬢様の生活は未知の世界。その一方で、お嬢様から見た庶民の生活は知らないことだらけ。
厳格な親に育てられたお嬢様が夢中になったのは、親NGが出ているコンビニ食品。ナイショのお一人様グルメが始まる。

コンビニお嬢さま
©Asumu Matsumoto/講談社

はじめよう、コンビニグルメ

かなり厳しい家庭で育てられた兎月翠里(うづき・みどり)。とても真面目で、学校では多くの女子に慕われている少女。頭脳明晰にして文武両道の完璧人間だ。
彼女には、1つ憧れがあった。コンビニの買い食いだ。学校や親にバレたら、激しく叱られる禁断の食。しかし彼女の欲望は止められない。
翠里は変装をしてコンビニに潜入。魅惑のコンビニメニューを手に入れて、さらに美味しくするべく寮内で調理を始める。
「コンビニグルメスタートです!」

コンビニ食材を使った冒険

コンビニにある具材を利用して新しい料理を開発する、実験グルメ漫画。時折かなり挑戦的な組み合わせに挑んで、失敗するのもこの漫画の面白いところ。『OH!MYコンブ』のリトルグルメ(お菓子などを組み合わせて新しい食品を作ること)のような、食のフロンティアスピリッツを感じる。
翠里は料理の技術力が高く、ちゃんと考えて下準備をしていることもあって、完成した料理はきちんとしたごちそうになっているものばかり。
たとえば初回で制作した「あんかけ肉まん」。残り物の野菜を刻んで、だし・しょうゆ・みりん・お酒で煮る。水溶き片栗粉を入れて、トロトロに。肉まんにはごま油を塗って、七輪で炙る。パリッとした皮の肉まんにかかったあんで、とってもジューシーな味わいに。
あまりにも本格的。コンビニ=手軽で便利、という常識は翠里には通用しない。コンビニは美味しい食卓ワンダーランドへの入り口、という感覚だ。

一方で科学実験のような料理(?)もたまにある。からあげに梅グミ、チョコ&クッキー、スコッチキャンディを乗せて焼く。これは本人も、美味しいのかどうか見当もつかない。

アメリカンドッグを大量に買い込んで、どう食べるのが一番美味しいか試す回は、1人研究発表会のよう。
決して食べ物で遊んでいるわけではない。彼女にとってこの、美味しくするための冒険は、自分自身が新たな世界に踏み出したい気持ちの現れだ。だから失敗してもきちんと食べる。それもまた楽しい経験だ。(もちろん作者も全て制作済み)

なお、作中に出てくる彼女の料理は、美味しいものを目指してはいるものの、健康面は全く気を使っていないジャンクなものが多い。そこもまた、お嬢様のささやかな冒険。

一番の目標は……

彼女が過度にコンビニにこだわるのは、学校帰りなどに友達とたむろって買い食いする、「普通の高校生の空気感」に強く憧れているからだ。
彼女は親の教えに従い、どんなときでも立派な人間であろうとする。しっかり生きていくのは別に苦ではないが、たまには自分の欲望のままに、心を包み隠さず、友人と語り合いたい。みんなで「校則違反」をしてドキドキを共有だってしたい。その自由への渇望を「買い食い」という行動に見出したのだろう。
けれども友人とそれをやるのは、実際には(特に親バレの)リスクが高すぎる。だから「買い食い」の環境である、コンビニに憧れ続ける。

コンビニ料理を繰り返すほど、彼女の憧れは強くなる。こんなに楽しいこと、是非皆さんにお伝えしたい、皆さんと一緒にコンビニグルメを味わいたい。

巻を重ねるごとに、彼女にも友人が増えてきた。図々しい性格が幸いして一気に親しくなれた黄檗レナ(おうばく)、翠里の後をやたら追い回してはメモを取るハイテンション嬢・伏見桃子などなど、個性的だけれども、一緒にいて楽しくなる大切な人ばかり。
まだ目指す「買い食い」はみんなと共有できないけれども、着実に彼女が求めていた「友達と心通わせて過ごせる居場所」は手に入りつつある。

コンビニという「一般庶民」の代表選手のような場所と、いいところのお嬢様というギャップの中で、少女の成長を描く物語。翠里と友人たちのように、友達になればお嬢様も一般人も差なんてない。
「コンビニで買い食い」という翠里の「不良」へのあこがれは、どんどん自信を持って紹介できる趣味になりつつある。正直に話せるようになり、笑いながらコンビニ食の話しが友達とできるようになれば、その時はもう不良に憧れなくても十分に「自由」なはずだ。

コンビニお嬢さま/松本明澄 講談社