クセになる読み味がたまらない…。オンリーワンの“動物グルメコメディ”『ワニ男爵』

レビュー

動物たちがしゃべり、食べる。不思議なグルメ漫画

ワニ男爵
©Takuya Okada 2017/講談社

『ワニ男爵』は、2016年から2018年にかけて「モーニング」(講談社)で連載された作品。
おそらく前代未聞&空前絶後の「動物グルメコメディ」と呼ぶべき漫画だ。
主人公のワニ男爵ことアルファルド・J・ドンソンは美食の小説家。彼を「先生」と呼んで慕うウサギの少年・ラビットボーイ(通称ラビボ)と連れ立って、たびたび美味しいものを求めて旅に出る。ワニ男爵はふとしたきっかけで我を失い、野生が顔を覗かせてしまうこともあるが、日ごろはその一面を抑え、紳士的に生きることに心を砕いている。

彼らをはじめ、さまざまな動物たちが、「うどん県」高松やたこ焼きの本場・大阪、牛丼屋や牡蠣小屋の存在する日本のような国で、人間のように二足歩行し、人間のようにしゃべり、人間のように食べる。それが『ワニ男爵』の世界だ。

この世界観だけで、この漫画が大変ユニークな作品であることが伝わると思うが、さらにおもしろいのは、このある種ゆるいディ●ニー的な世界観に、いわゆる「グルメ漫画」の語り口が融合している点である。


 

 
ワニ男爵・ドンソン先生が目的のメニューを味わうときのモノローグ、そしてそれを表現するイメージ映像はほとんどポエムであり、その大仰さにはいかにもエンタメに振り切ったグルメ漫画らしさがあるのだが、それを語っているのがワニの紳士であるという異常さにより、異常×異常=正常の式が成立している感がある。
一周回って、なんだかちょっと普通に感動的なのだ。

絶妙に設定された登場“動物”たちのキャラクター性

ドンソン先生をはじめ、登場“動物”たちの多くは、いかにもフィクションのキャラクターらしく個性的にデフォルメされた言動をする。
書道家の九頭竜斎先生、ラビボのライバル(?)・ジャスティン(ちなみにビーバーである)、ラビボが恋をする資産家の令嬢・ソフィ…彼らの強調された個性はある意味「アニメ的」で、このディ●ニー的世界観にとても合っている。
そして、ネーミングや台詞回し、登場する店の看板、擬音、ラビボの着ているTシャツなど、あらゆるところに挟み込まれる小ネタの数々によるコメディ的演出もまた、この作品のユニークな世界に一役買っている。
(どうでもいいが、ワニである主人公がペットとしてネコを飼っているあたりも、あの世界における某黄色い犬を連想しないでもないポイントだ)

そんな中にあって、ラビボの「こういう奴いるわ~」感の生々しさが持つおかしさは特別だ。


 

彼の存在が、我々読者をこの奇妙な物語の世界観につなぐ役割を果たしているといえるだろう。

根底に流れる、動物たちへのほのぼのとして深い愛情

と、ここまでこの作品のユニークなポイントをおもに語ってきたのだが、もっとも根本的なこの漫画の魅力は「動物への深い愛情」であると思う。
犬や猫、あるいはハムスターといった、私たちにとってペットとして身近な動物に愛情が注がれる漫画は数多い。少し視野を広げて、牛や馬、鳥類などを魅力的に描いている漫画の例もいくつかは思い浮かぶ。

だが、本作にはワニ、アルマジロ、カメレオン、ハイラックス、ツチブタ…普通に生活していたらなかなかお目にかかることのない動物が大挙して登場しており、しかもそれぞれの動物の特性がキャラクター設定やエピソードの描写の中で活かされている。
特に珍しい動物の登場シーンでは丁寧な注釈までつけられている念の入り方だ。

それは、もちろんストーリーを理解する一助とする意味もあるがおそらくそれだけではなく、「この動物に興味を持ってほしい」という作者(制作側)の意図があるような気がしてならない。
あらゆる生き物に平等に注がれる作者の愛情のまなざし…とまでは言い過ぎかもしれないが、とにかく「動物大好き!」な思いが伝わってきて、自然とこちらもあたたかい気持ちになるのだ。

もっともっと男爵たちのグルメロードを追っていきたかったが、本作は全3巻で完結。
ちょっとさみしいような気もするが、コンパクトに楽しめる形になったこの不思議な読み味を、多くの人に「はて?」と思いながら感じてみてほしい。
読み終わったとき、あなたはたぶんおいしいものが食べたくなるし、動物園に行きたくなる。
そしてつぶやきたくなるはずだ。「行こう、ウィキペディアのその先へ」と。

ワニ男爵/岡田卓也 講談社