35歳、独身、借金持ち。負け組中年男が救われる話『野村24時』

レビュー

漫画の登場人物は、基本的に年を取らない。学園モノの先生キャラがいつの間にか年下になっていたり、自分のほうが年上になってからもお姉さんキャラを「○○姉(ねぇ)」と呼んだりしてしまうのは、よくある話だろう。

かくいう私も、子どものころは自分と同年代の主人公が冒険する少年漫画に心を躍らせていたはずなのに、気がつくともう30過ぎ。数年後には「アラフォー」の入り口、35歳に足を踏み入れる。

そう。知る人ぞ知るヒューマンドラマ4コマ『野村24時』の主人公、野村と同じ年齢に。

野村24時
©板倉梓/竹書房

野村35歳

野村中也。35歳。独身。母親は幼少期に他界。父親は高校生のころに失踪して行方不明。

さえない学生時代を過ごしたあと、小さな不動産会社に就職して今年で13年目になるが、一向に給料は上がらない。せめて残業代を稼ごうにも、上司には「これから毎日定時に上がって」と釘を刺されている。

それでも、贅沢しなければひとりで生きていけるくらいの収入ならある。プラスの人生ではなかったかもしれないが、今のご時世、プラマイゼロなら上出来だろう。しかしある日、自分が父親の借金の保証人になっていることを知らされ、一気にマイナスに……。

この世界に神様はいないのか。いや、女神ならいた。職場の同僚OL・田中雪だ。一夜にして借金持ちになってしまったことを愚痴る野村に、彼女は救いの手を差し伸べる。

「それじゃあ家賃も大変でしょう。よかったら野村さん、私の家に来ませんか~~?」

野村爆発しろ

雪は、高校生と小学生の妹たちと3人で暮らしていた。古い家で不用心なため、番犬代わりになる男手がほしかったのだという。

そこで、職場ではいつもひとりきりで、他の女性――というより人間に興味がなさそうな野村に白羽の矢が立った。こうして、35歳のおっさんとうら若き3姉妹という、事案スレスレの同居生活がスタートする。

朝は3姉妹とテーブルを囲んで朝食を取り、会社に出かける。

日中は狭い事務所で、長女の雪と机を並べて仕事。

午後5時に退社したあとは、次女の月が働くコンビニでアルバイト。なお、夕方のシフトに入っているのは野村と月のふたりだけ。

家に帰ったら再び3姉妹と夕食を食べ、寝る前に三女・花の家庭教師をする。

さらには、消費者金融の社長・斉藤までもが野村に特別な感情を寄せるように。こんなハーレム生活、借金どころかお釣りが来る。ふざけるな野村爆発しろ――と文句を言いたくなるが、当の野村はいつも幸の薄そうな顔をしている。

それはなぜか。ハーレム漫画の主人公だからではない。野村が35年間、「愛」とは無縁の人生を送ってきたからだ。誰からも愛されたことがないし、誰も愛したことがない。だから、目の前に「それ」があってもどうしたらいいか分からない。

野村が一番欲しかったもの

野村は果たして、ヒロインたちの中の誰とゴールインするのか。ハーレムパートの結末は、実際に単行本を読んで確かめてほしい。

このレビューで書いておきたいのは、主人公の野村自身についてだ。物語の終盤、野村は借金の元凶となった父親が海外にいて、現地の病院に入院していることを知る。

出立前、35歳のおっさんが小学生に「1人で行くのは心細い」と弱音を吐く。こう書くと何だか情けないが、誰にも心を開かなかった野村が、3姉妹たちには本音を打ち明けられるようになったことが分かるシーンでもある。

今回は一命を取り留めたものの、順当にいけばいつか自分よりも先に父親は死ぬだろう。そう考えたとき、野村は初めて「孤独」の恐ろしさに気付いてしまう。

自分はひとりで生きていけるタイプの人間だと思っていた。違う。彼は知らなかったのだ。誰かが側にいることのあたたかさを。誰かと一緒に食べるご飯のおいしさを。

さえない人生を送ってきた中年男性が、3姉妹との関わりを通して成長し、自分が本当に欲しかったものを手に入れる。野村は決して、ヒロインたちのかわいさを強調するためだけの無個性な男キャラではない。『野村24時』という漫画の立派な主人公だ。

人間関係なんて面倒くさいだけ、自分には人生を捧げられる仕事や趣味がある。けれど、何か足りない。充実しているはずの生活の中でふとそんな疑問が頭をよぎったときは、『野村24時』を読んでみてほしい。この作品に、その「何か」がある。

私自身、このレビューを書くために再読していたとき、とある場面で野村が見せた涙につられて泣きそうになってしまった。35歳の野村に感情移入する程度には、年を取ったということかもしれない。

野村24時/板倉梓 竹書房