痩せれば幸せになれ……る? 美への執念と歪みを描くダイエット漫画

レビュー

脂肪と言う名の服を着て[完全版]
©安野モヨコ/祥伝社フィールコミックス

記事をご覧の、特に女性の皆さん、ダイエットの経験はありますか?

巷でたびたび〇〇ダイエットが話題になるのは、「痩せればキレイになる」と信じる女性の多さを物語っています。一方、「痩せ」への盲信からの過剰なダイエットによって摂食障害やウツを発症する人もいます。

『脂肪と言う名の服を着て』にはまさに、太っていることが原因で人生につまずき、「痩せればキレイに、幸せになれる」と、過剰なダイエットに挑戦する女性の姿が描かれています。が、この作品は「ダイエットによる人生大逆転シンデレラストーリー」ではありません。

ダイエットへのアンチテーゼ、とまでは言いませんが、世にはびこる「痩せ信仰」に警笛を鳴らす本作。ダイエットをしようと思っている方は、過酷な食事制限などを始める前にぜひこちらをご覧ください。

嫌がらせ、パワハラ、彼氏の浮気。すべては「太っているせい」

20代のOL・花沢のこは、昔からぽっちゃりした体型の女の子。

学生時代から、体型のことで陰口を叩かれたり、男子から罵倒されたりとイヤな思いをしてきました。

今も職場で一方的に罵られることはありますが、女性社員とは”一応”仲も良く、プライベートでは高校から8年付き合っているイケメンの彼氏もいて、日々に大きな不満があるわけではありませんでした。

心の支えである彼氏と、美人の同僚・マユミとの浮気現場を目撃するまでは。

彼氏の浮気によってストレスで暴食に拍車がかかったのこは、みるみる激太りしてしまいます。
露骨に浮気をアピールしてくるマユミ、内心のこをバカにする同僚たちへのイライラも募り、会社で問題を起こしてしまうのこ。

その結果、会社でのパワハラまで加速させてしまうことになります。

のこは思います。

「全部、自分が太っているせいだ」

太っていて、内気で、鈍くさくて、食べることでしかストレスを発散できない自分を、彼女は強く責めることになります。

でも、のこの悲劇は、なにも彼女の性格や体型だけが原因になっているのではありません。
のこを囲む人たちも、それぞれ「歪み」を抱えているのです。

過剰な女性コンプレックスを抱く、のこの彼氏・斉藤くん

のこの彼氏であり、マユミと絶賛浮気中の斉藤くん。

母子家庭でとにかく口うるさくヒステリックな母親のもとで育った彼は、女性に対して恐怖と嫌悪を抱えていました。

のこを選んだ理由は、「デブでまぬけで他人から見下されがちな彼女」といるとやすらげるから。

マユミにホイホイと心を奪われながらも、のこを手放さない理由は、彼の極端な女性コンプレックスにあるのです。

「斉藤くんに愛されるためにも痩せたい」と思い込むのこ。

でも斉藤くんには、太っているのこがいいのです。見下せるから。外見ではなく、中身で彼女を選んだと思えるから。

醜いものが大キライな美女・マユミ

そして、斉藤くんの浮気相手であるマユミ。
彼女に「斉藤くんが好きだから奪いたい」という気持ちは、微塵もありません。
ただ単純に、「のこをいじめたい」から彼に手を出すのです。

美しい容姿を持ち、醜いものを忌み嫌う彼女の性格は昔からのもの。なぜこんな性格になったのかが説明される描写はありませんが、マユミの中に形成された「深い闇」を感じずにはいられません。

 ”昔からデブが嫌いだった

モタモタしておびえてるのも
堂々として自信ありげなのも
同じようにイラつくの

そんなときは容赦なくたたきのめしたものだわ

打ちひしがれたデブを見ると不思議ね
心が落ち着いて浄化されて
ますます自分がキレイになる”

2巻冒頭より

太っている相手に対する過剰なイライラ、そして彼女たちを傷つけることで保たれる自尊心。

嫌味を言って笑い、斉藤くんを奪い、のこをハメて会社での地位までどん底に突き落とす。それでもまだ、心が満たされない。「え、ここまでする??」と、マユミの同僚ともに読み手もドン引きするほどの嫌がらせっぷりです。

肥満ゆえにあらゆる不幸を背負っている(と思いこんでいる)のこ。幸せを掴むためにもダイエットでスレンダーな体型を目指そうとしますが、では果たして、スレンダーな体型と美貌を併せ持ったマユミは幸せなのか……?

マユミの存在もまた、「痩せれば幸せになれる」という信仰に疑問を投げかけてきます。

そして始まる過剰なダイエット、その先には……??

そんな周囲の心情を推し量る余裕がのこにあるはずもなく、彼女の頭は「痩せたら、今よりは幸せになれる」という考えでいっぱいです。

ただ、のこがダイエットに走るのもムリはないですよね。

デブだからと男性には露骨なほどぞんざいに扱われ
同僚女子にもマウンティングの対象にされ
上司からはパワハラのカモにされ
(そして彼氏にも心の中で見下され……)

ここまで露骨な経験はなくても、皆さんにも体型が理由でイヤな思いの1つや2つ、したことはありませんか??

「痩せれば、このつらい現状が変わるんだ」と、唯一縋れる救済手段としてダイエットに飛びつく彼女の気持ち、きっと痛いほど理解できる方もいるかと思います。

共感できるからこそ、この後のこが上手くいかないダイエットに悩み、焦り、過食嘔吐を繰り返し、その果てに……、という展開には思わず胸が締め付けられます。

「痩せれば幸せになれる??」

のこの姿を見届けたのち、ぜひその問いと向き合ってみてください。

脂肪と言う名の服を着て[完全版]/安野モヨコ 祥伝社フィールコミックス