少女漫画は煩悩まみれ? 僧侶が『好きっていいなよ。』を読んでみた。

レビュー

「俺は強い煩悩に会いてぇ…!」
 
まるでバトル漫画の主人公のようなセリフだが、僧侶である僕が普段から思っていることだ。
 
僧侶の使命が、この世から煩悩を無くすことなのだとしたら、一番強い煩悩とやりあうのが一番手っ取り早い。
 
そんな「煩悩の猛者」を探したところ、強い”匂い”を感じ、惹かれたのはそう。
 
「少女漫画」

 
「少女漫画は女の子の理想の世界を表現している。」
そんな言葉をよく耳にする。
 
話に聞けば、現実離れした胸キュンな展開に、異常なほど男からモテる主人公……。
おいおい、それって、もはや理想というより、煩悩の極みなのでは?
 

好きっていいなよ。
©Kanae Hazuki/講談社
 
ということで、今回は、発行部数が530万部を超え、2014年には実写映画化も果たした国民的少女漫画『好きっていいなよ。』を読んでみたいと思う。
 
女子だけの秘密の花園に、僧侶が足を踏み入れたら何が起こるのか?
これは最強の煩悩と対峙しようとした一人の僧侶による「煩悩黙示録」である……。
 

少女漫画という煩悩の巣窟

 
僕は過ちを犯してしまったのかもしれない。
少女マンガは、僧侶が絶対に開いてはならない”パンドラの箱”だったのだ。
 

 
ページを開けど開けど、飛び出てくる煩悩の数々。
 
1コミックスに含有する煩悩の総数が、致死量にまで達している。
この量の煩悩を一度に飲み込んでしまっては、まともに生きていくだけの”現実受け止め力”を失ってしまう。二度と現実には帰ってこれなくなるだろう。
 

 
本作品の場合、煩悩の主な発生源は、キスだ。
 
1巻だけで、主人公の橘めいと黒沢大和は、5回キスをする。
しかも、二人は出会ったばかりで、付き合ってもいないのである。
 
僕は困惑した。
 
少女漫画って、なんか、もっと、二人モジモジしてて、お互い好きだけど、好きとは恥ずかしくて言えない、ドギマギな感じじゃなかったっけ?
キスなんて物語の中盤、8巻くらいでするもんじゃないの?
 

 
そんな僕のツッコミを待つ暇もなく、二人はキスをし続ける。
 
現実世界には社会通念上「キスまでのステップ」という観念が存在しているはずだ。
 
「付き合う→下の名前で呼びあう→手を繋ぐ→キス」である。
 

 
そんな観念をあざ笑うかのように、二人はキスをし続けるのだ。
 
女子は少女漫画を読むことで、こんな世界を垣間見ているというのか。
 
僕ら男子がキスと呼んでいるものは、一体……。
キスの概念を忘却するレベルの、キスの速さ、キスの絶対量。
 
そして、その世界を創作し、それを嬉々と享受し続ける女子たちの底なしの煩悩力。
 
これが……これが少女漫画だというのか……!
 

ソリューションとしてのキス

 
強い相手(煩悩)に出会うと、震えが止まらなくなる。
恐れているのではない。これは武者震いだ。
 
ただ、この時、僕は繰り出された煩悩が、氷山の一角であることに気づいていなかった。
本作品はこの後、さらなる煩悩のコンボ技を見せてきたのである。
 

 
『好きっていいなよ。』は、16年間友達なし彼氏なしの主人公、橘めいを中心に、精神的に”弱さ”を抱えたキャラクターが登場する。
学校内でのいじめの問題や、コンプレックスとの向き合い方など、人間の心理を深掘りしたストーリーが展開されていく。
 
では、次々と出現する悩みや問題に対して、どのような解決手段がとらわれているか。
 

 
キスである。またもや、キスなのである。
 
そう、本作品ではソリューション(解決手段)としてキスが用いられていることが多いのだ。
 
冷静になって考えてほしい。
 
今、ここに問題があるとする。
解決しないと、前に進めないとする。
まず、何をするか?
話し合いますよね? 議論して何が原因なのか考えますよね?
 

 
キスをするのだ。
本作品では、キスで問題を解決しようとするのである。
 
普通は、
「問題→議論→原因の発見→原因の解消→解決」であるはずが、
 
この世界では、
問題→キス→解決」なのだ。
 
なんとおぞましい煩悩なのだろうか……。
 
一般的に、キスに問題解決力はない。
むしろ、キスをすると煩悩が生まれ、正常な判断ができなくなってしまう。悪効果だ。
 
僧侶として、最適なソリューションを提示するなら、「坐禅」だ。
橘めいは、このとき坐禅をするべきだったのである。
 
人は、心を空にしようとするときに初めて、いかに自分の心のノイズの存在に気づくことができる。
たいていの悩みや問題は自分の心次第であり、心の問題は坐禅で解決されるものだ。
 

しかし、世の女子たちは、坐禅よりも、キスを選ぶ
 
2400年前にブッダが導いて以来、現代に至るまで受け継がれてきた人類の叡智「坐禅」を、唇と唇を接触させるだけの物理的手段「キス」が打ち破ったのだ。
 
ここにあるのは、「問題とかどうでもいいから、とにかくキスされたい」という煩悩なのではないだろうか。
 
潔い。気持ちの良いくらいに突き抜けた煩悩である。
 
そういえば、昔、元カノに別れたいって相談されたとき、「俺の何が原因なの?」「付き合っている場合のメリット・デメリットを明らかにしていこうよ」と返していたら、
 
「そういうところ。」と言われたことがあった。
 
そういうところ、なのだ。
 
女子はいつだって、トキメキが欲しいのだ。
 
絶対的な煩悩を前に、敗北を味わったとしても、悔しさは残らない。
僧侶として感じるのは、敵意ではなく、もはや「畏怖」である。
 
そういう意味では、本作品は、女子が欲しいと思う煩悩を的確に描いた少女漫画の名作である。
男の僕でも、キュンとくるシーンがたくさんあった。
 
でも、男子の皆さんは注意して欲しい。
「なんだ、女子は強引にキスされたがってんのか〜」
 
それは勘違いである。
 

 
僕は知っている。女子がキスされたいのは「※ただしイケメンに限る」のである。
 
女子の煩悩力には、恐れおののくのみ……合掌。
 
 
好きっていいなよ。/葉月かなえ 講談社