新時代突入の今こそ読み時!『エロイカより愛をこめて』の華麗&硬派な世界にハマれ!

レビュー

「長く続いている、長寿連載である」ことが最大の特徴として、読んだことのない人にも広く知られている漫画がいくつかある。
時代を経るごとに「タイトルだけは知ってる」という層が増えていく。「今さら手を出しづらい…」と思われてしまうのだ。
その気持ちはわかる。でも、長く読み継がれている作品には、それだけの魅力があるものだ。
今回紹介する『エロイカより愛をこめて』(青池保子)も、そんな長寿作品の一つである。

エロイカより愛をこめて
©青池保子(プリンセスGOLD・秋田書店)

麗しの「伯爵」VS硬派な「少佐」!主役ふたりの強烈な個性と関係

『エロイカ~』の連載開始は1976年。舞台は当時のヨーロッパだ。
主人公の一人、ドリアン・レッド・グローリア伯爵(通称「伯爵」)は、美術品コレクターの英国貴族。というのは表の顔で、裏社会では「エロイカ」と呼ばれる美術品専門の大泥棒。
華麗でミーハーでナルシスト、そして美術品と同じくらい“美青年”を愛する怪盗である。

そしてもう一人の主人公、クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐(通称「少佐」)は、NATO(北大西洋条約機構)軍のドイツ・ボン支部で情報部を束ねる辣腕エージェント(スパイ)。各国情報機関の人間からは「鉄のクラウス」と呼ばれ、その実力で内部からも敵からも恐れられる存在だ。

…この時点で、本作をこれまで手に取ってこなかった方は、「なんか長ったらしい名前の外国人主人公とか馴染めない…」「貴族とか怪盗とかNATOとかスパイとか、遠い世界の話すぎて興味持てない…」とか思ってしまうかもしれないが、ちょっと待ってほしい。
この2人の主人公の奇妙な関係に、本作の最大と言っても良い魅力があるのだ。

イギリスの派手な泥棒貴族とドイツの硬派な情報将校は、不思議と(時には意図的に)世界のあちこちで巡りあう。当初はあまりに性質の違う相手に互いに反発したふたりだったが、やがて伯爵は少佐に対して(邪な意味で)好意を抱くようになり、少佐も基本的には伯爵を疎ましく思いつつも、場合によっては一種の信頼を置くようになる。

とはいえ彼らは目的を達成するうえで邪魔になると判断すれば平気でだまし合うし、(おもに少佐が伯爵に)荒っぽい鉄拳を振るうこともある。かと思えば、利害の一致や取引関係から共闘することもある。
宿敵であり、友人であり、(永遠の片想いながら)恋愛関係でもあり、時には戦友にもなる――。ある意味、恋人よりも家族よりも濃密な、唯一無二の関係性なのだ。







どうだろうか。こんなん萌えるだろう。はっきり言って。

どんな参考書よりも楽しく学べる、冷戦下の世界情勢

『エロイカ~』という漫画の個性は、そんな不思議な関係の主人公たちに加えて、彼らが巻き起こすスパイアクション活劇が、綿密なリサーチ、取材、考証に基づく緻密なストーリー構成のもとに展開されていく点にもある。

物語開始時=1970~80年代当時、世界はアメリカを中心とする西側諸国とソ連を中心とする東側諸国の対立構造にあった。
いわゆる冷戦時代。現在30代の筆者より下の世代の多くの人にとって、それは「歴史上の出来事」であり、「社会の授業で習ったな~そういえば」程度の認識ではないだろうか。
そういう意味で、リアルタイムでの臨場感を味わえなかったことへの悔しさはあるが、私たちにとって本作は、現代史を学ぶある種のテキストにもなりうる作品なのだ。

旧ソ連の情報機関であるKGBと少佐の手に汗握る攻防は、たしかに現在の読者である私たちに馴染み深いものではないが、その分新鮮に楽しむこともできる。
そして、1989年に冷戦が終結した後も、『エロイカ~』の物語は1995年に再び幕を開けている。
少佐たちは、変容する国際情勢を背景に、より複雑な立場に身を置きながら引き続き任務に奮闘しているのだ。

さらに、そんな少佐のテリトリーである軍事方面のみならず、伯爵の得意分野=美術についてもスキあらば伯爵が講釈を垂れるため、ちょっと学べてしまう。

楽しみながら知り、学べる。これも、この漫画の重要な魅力なのである。

スパイアクション×THE少女漫画×コメディ=オンリーワンの世界観にハマろう

少し肩の凝りそうなことを書いてしまったが、難しい国際情勢が背景とはいえ、本作はあくまでスパイアクション・「コメディ」であり、どんなにミリタリー描写が緻密でも「少女漫画」である。

ふわふわの金髪を蓄えた伯爵のビジュアルや、少佐の軍人らしからぬ肩にかかる長髪は、間違いなく70年代少女漫画的ファンタジーだし、少佐がどんなにクールに任務を遂行しようとしても、陽気でチャーミングな伯爵の存在や、ここでは書ききれなかった愉快な脇役たちのおかげで、その先々に笑いが生まれてしまう。
それはそのまま本作の読みやすさにつながるし、本作が40年以上の長きにわたって読みつがれてきている理由は、ここにあると思う。

昭和から平成にかけての世界を見つめてきた『エロイカ~』。令和時代に突入した今こそ、楽しく歴史を振り返る意味でも、ぜひ老若男女あらゆる人に、読んでみることをおすすめしたい。
良くない副作用があるとすれば、読むのがやめられなくなってしまい、ほかのことが手につかなくなってしまうことだ。
本稿を書くにあたって数年ぶりに読み返した筆者はみごとにその症状に見舞われ、おかげで連日寝不足である。
分別ある大人のあなたはどうぞ、自制心を確認してから挑んでみてほしい。

エロイカより愛をこめて/青池保子(プリンセスGOLD・秋田書店)