あの子と一緒に全部体験して思い切り笑いたい『さぐりちゃん探検隊』

レビュー

さぐりちゃん探検隊
©あきやま陽光/集英社
『さぐりちゃん探検隊』は、表紙の引力がすごい。
ヒロイン・さぐりの探検スタイル。極めて健全なはずなのに、ボディラインの問題なのかものすごく艶めかしい。そして彼女の、太陽のような満面の笑み。この1枚だけで、周りから愛されている子なのがひしひしと伝わってくる。一緒にでかけよう、と今にも手を引いてくれそうだ。

「探検」ってなんだ

これは探検をする漫画だ。とは言っても、別にいきなりアマゾンの秘境に行くわけではない。
高校1年生になるインドア派の少年・紡(つむぐ)が出会ったのは、幼い頃に仲がよかった少女・さぐり。さぐりは元々体が弱かったため家でしか遊ぶことができず、紡が彼女の家に遊びに行っていたものの、すっかり疎遠になりかけていた。
久しぶりに会ったさぐりは、バリバリの健康体。身体はすくすくと育ち、とてもかわいらしくなっていた。

さぐりの魂は燃えまくっている。今まで家にいて本を読み続けていたこともあり、あらゆることを身をもって体験したくて仕方ないらしい。

彼女の言う「探検」とは、ざっくりいうと経験することだ。遠方の山に登って絶景を見るのも探検だし、近所でチョウチョを捕まえるのも探検。大小の差はない。だから漫画で扱われる題材も、壮大なものから、ごく身近なものまで様々。

さぐりは図鑑を読み続けていたため、アウトドアの知識は豊富だ。しかし実地経験がないので頭でっかち。うんちくをたれては、紡の前で失敗を繰り返す。
それでいいのだ。彼女にとって大事なのはトライアンドエラーの経験をすることで、解答を手に入れることではない。
学校の外でそのへんの草をつんで食べるシーン。知らない人は「雑草」と呼び、さぐりは「野草」と呼ぶのが面白い。きちんと経験しようとしている人間の目線だから、出てくる言葉だ。

さあ、探検に出かけよう

紡とさぐりがアウトドア部に入部してからは、あらゆる地域に探検に出かけることになる。北海道でのジビエ料理体験、千葉県小湊鐵道の菜の花畑、四日市コンビナートの工場群などなど。日本各地に、さぐりは貪欲に目を向ける。彼女が見たいのは全部だ。

この作品は、アウトドア観光スポットが沢山扱われているので、日本旅行ガイド的な使い方もできる。ただ作品が描こうとしているのはさらに奥の部分、その場所で何を感じようとするかだ。
例えばアウトドア部の先輩と一緒に、日本一大きい石仏を見に行くシーン。さぐりが心を揺さぶられたのは、大きさや石仏の形ではなく、ツタが覆っている部分の石だった。元々石が好きだったからこそ出てくる感想。その場に行って目や耳が感じる感動は、写真では伝わらない。

「私ね 今できることがちょっとずつ増えてきてすごく楽しいんだ! これからもちょっとずついろんなことができるようになっていったら いつかあの星の向こうまで 宇宙にも行けるようになるよね ううん絶対行く!」
さぐりの頭には「無理」という概念がない。今までベッドの中にいた彼女が外に出られたように、いずれもっと遠くまで行けると信じている。
ただ、すぐにはできないのもわかっている。彼女は体力がない。探検の最中でバテてしまうことも多い。全部を味わいたい彼女にとってこれは痛手だろう。けれども次はもう少し、もっといっぱい探検できるようになるともわかっている。自分が成長し、もう1つ先に足を伸ばせるようになることも、彼女にとっての喜びだ。

恋と探検

この漫画はさぐりの他にも、複数人の少女が出てくる。みんなかわいくて元気いっぱい。無理せずライトに楽しんでインスタに写真をアップする子もいれば、あらゆる食への好奇心が身体を突き動かす子もいる。キャラごとに「人が探検する心理」のバリエーションが表現されている。
とはいえこの作品は、ハーレム展開にならない(今の所は)。紡はさがりに対して、一途に恋をしているからだ。周囲の何人かは既にそれがわかっているので、ニヤニヤしながらこっそり見ているくらい。

紡はインドア派だったので、序盤はさぐりのアウトドア志向についていけなかった。しかし彼女に惹かれるがゆえに行動を共にしていくうちに、彼自身が本格的に探検を楽しむようになっていく。紡が望むのは、さぐりと並走して世界を楽しみ続ける道だ。
さぐりは彼の気持ちには全く気づいていない。ただ他の女の子が紡に接触すると、モヤモヤと嫉妬の念は湧いているっぽい。まだまだ、子供がおもちゃを取られたようなダダに近いけれども、果たして。もっともさぐりの場合、恋も旅行も全部ひっくるめて探検として楽しみそう。

世界は切り取り方次第でいくらでも楽しくなることを教えてくれる作品。大自然も人工物も、身近なところも遠方も、体験したことがないことは山ほどあるのを、さぐりは知っている。
毎話舞台になっている場所に景色がフルカラーで挿入されており、彼女たちが見た世界の一部を味わえる。非常に美しいのだけれども、実地で空気に触れているさぐりの感覚は、読者にはわかりえない。行ってみたい、という気持ちが湧いたら、その瞬間から読者も「さぐりちゃん探検隊」の一員だ。

さぐりちゃん探検隊/あきやま陽光 集英社