学習障害のこと、知ってる? ディスレクシアの少年マジシャンの物語『ファンタジウム』

レビュー

ここ5年ほどの間に社会的な関心が高まっている事柄のひとつに、発達障害があると思う。
当事者による手記やコミックエッセイが多数刊行されたり、SNS上での情報発信も盛んに行われている。
しかし、ここまで発達障害への注目が集まる以前に、その一種である“学習障害”に焦点を当てた漫画があったことをご存知だろうか。

読み書きが苦手な少年マジシャンが「おじさん」とのタッグで芸能界へ

ファンタジウム
©杉本亜未

『ファンタジウム』(杉本亜未)は、今から10年以上前、2007年に「モーニング・ツー」(講談社)で連載が始まった作品だ。
主人公の長見良(ながみ・りょう)は、学習障害の一種であるディスレクシア(発達性読み書き障害)を持つ中学2年生。

文字の読み書きが苦手な良は学校での授業にもついていけず、金属加工工場を営む父から仕事を習おうとするも、図面が読めないためにうまくいかない。
しかし、良は地元のキャバレーに出入りしていたマジシャン・北條龍五郎から手ほどきを受け、驚異的なマジックの技術を身につけていた。

龍五郎の孫で、ふだんはセキュリティシステム会社で働く中堅サラリーマン・北條英明は、ある日偶然、良のマジックの技を目の当たりにする。
尊敬していた祖父とマジックへの思いから、そして環境のために能力を発揮できずにいる良をはばたかせたい気持ちから、英明は良を自身のもとに引き取り、同時にマジシャンとしての良のマネージメントを始めることを決める。

良も英明を相棒と認め、ふたりは一緒に暮らしながら、学校生活やショービズ、芸能の世界で彼らの身に起こる出来事に立ち向かっていく…というのが、全体のストーリーだ。

LD、マジック…知らない世界を骨太なドラマで垣間見る

漫画を読んでいてワクワクする瞬間のひとつは、漫画というひとつのエンタテインメントを通じて知らないことを知ったり、自分の知識や視野が広がったりするきっかけをもらう時だと思う。
本作は学習障害という、今や社会に生きる誰もが知っておくべきことについて知るきっかけを与えてくれると同時に、マジックの文化や歴史という、普通に生活していたら触れることはない情報への興味を呼び起こしてくれるところが面白い。


 

また、良をはじめとしたキャラクターたちの個性も大きな魅力だ。
龍五郎仕込みの古風な言葉を使い(これはそのまま、良が手品を披露する際の「口上」の鮮やかさにも通じる)、それまでに経験した試練からかどこか達観したような飄々とした性格をした良は、その一方で時折14歳の少年らしいあどけなさ、子どもっぽさをのぞかせもする。
大人びていて、かっこよくて、ちょっとナマイキ、でもカワイイ良の活躍は、誰もが応援したくなるはずだ。

「おじさん」こと英明は高校・大学時代に留学を経験し、一流大学で応援団に所属し、卒業後は大企業でバリバリ働いている。ともすると何不自由なく素直に育ったお人よしのお坊ちゃんという印象を抱いてしまうが、そのまっすぐな気質が良の心を開かせたともいえる。

さらに、良が所属することになる大手芸能プロダクション・クロスプロの社長や、そこで良のマネージャーを務めるガンテツこと岩田徹子、挫折に打ちひしがれた経験を持つクロスプロのタレントたち、良に読み書きのトレーニングを施す言語聴覚士の神村など、強烈な個性(「クセ」と言っても良い)を持つ人物たちが続々登場する。
彼らがそれぞれの思惑をめぐらせながら起こしていくドラマは、読みごたえ十分だ。

読者も魅了する、魔法のような美しいマジックシーン

ディスレクシアの少年×芸能界を舞台にした大人たちのドラマという物語の性質上、本作はある種、「頭で理解すること」で面白さを実感するタイプの漫画だ。
しかしあわせて強調しておきたいのは、良がマジックを行うシーンの描写の詩的な美しさ。


 

作中でもマジックは言語を超えて、老若男女すべてに通じる芸術であると語られるが、そのマジックという芸術の魅力が、実際にマジックを間近で見た経験がなくても感じられるのだ。

新しい世界に触れることや、練り上げられたストーリーを楽しむ、いわば「読む」喜びと、魔法のような、「なんだかわからないけど不思議ですごいこと」が目の前で起こるのを楽しむ、いわば「見る」喜び。
『ファンタジウム』は、そんなふたつの楽しさを存分に味わわせてくれる作品である。

ファンタジウム/杉本亜未