ゲイに偏見がある方にこそ読んでほしい。『弟の夫』

レビュー

「この、マニアックなゲイ漫画にありがちな、ムキムキで体毛がびっしり生えたおっさんたちがラブラブしたりするのかな。」

正直、『弟の夫』を読み始めた最初の印象は、これだった。

しかし、本作では性的シーンやキスシーンなどは一切描かれない。本作で描かれるのは、大きくわけて2つだ。

1つ目は、ノンケ(異性を恋愛対象とする人々)が、ゲイ(男性を恋愛対象にする男性)に抱くリアルな「偏見」だ。

そして2つ目は、ゲイに良い印象を持っていなかったノンケの主人公が、「弟の夫」であるマイクを家族として受け入れるまでの心の移り変わりである。

弟の夫
©田亀源五郎/双葉社

主人公の弥一は、娘の夏菜と2人で暮らすシングルファーザーだ。

弥一には、良二という弟がいた。そして、良二はゲイだった。10年前に日本を出て、マイクというカナダ人と国際結婚をしている。

そんな「弟の夫」であるマイクが、弥一の家を訪ねてくるところから、物語は始まる。

マイクが日本に来たのには理由があった。マイクの夫である良二の生まれ故郷を見ること。そして、つい最近亡くなってしまった良二との、とある約束を果たすためだった……。

どっちが旦那さんでどっちが奥さんだったの

初めて会う「弟の夫」に、弥一はとまどう。
自分の弟が、このカナダ人とアレコレしていたと思うと、生々しい。風呂上がりはいつもパンイチだったけど、ゲイの前で裸を見せるのは良くないんじゃないか……。

マイクはしばらく日本に滞在したいのだという。弥一は抵抗を覚えつつも、それを受け入れる。なんとなくモヤモヤしたまま、弥一、夏菜、マイクの3人の生活が始まった。

そんなある日、3人で夕食を食べているとき、夏菜がいきなり「どっちが旦那さんで、どっちが奥さんだったの?」とマイクに尋ねる。

その問いは、弥一も気になっていたものだった。しかも弥一の場合、奥さん旦那さんという立場だけでなく、性行為時の彼らの「男役」「女役」まで考えてしまっていたところもあったのだ。

彼女の質問に対して、マイクはこう答える。

「私のハズバンドはリョージ、リョウジのハズバンドが私」

ハズバンドは夫という意味である。つまり、ゲイカップルは片方を奥さんとするのではなく、お互いが旦那さん同士だということだ。

その言葉で、弥一は、自分が無意識に、全ての恋愛を男と女の型にはめ込んでいたことに気がつく。

「恋愛は男と女がするもの」という考えは、偏見だったのだ。

そこで初めて、弥一は弟のことを何もわかっていなかったと実感する。
それから、彼はマイクの存在を、少しずつ受け入れ始めた。

ゲイは子供に悪影響?

とはいえ、まだまだ全ての人が、同性愛を受け入れているわけではない。

ある日、夏菜は、友達のユキちゃんを家に呼びたい、といった。マイクのことをユキちゃんに紹介したいのだという。弥一とマイクは快諾する。

しかし、その日、夏菜はユキちゃんを家に連れてこなかった。ユキちゃんは来られなかったのか、と弥一が尋ねると、彼女はこう返す。

「ねえパパ、アクエーキョーってどういう意味?」

どうやら、ユキちゃんのお母さんは、マイクの話題が出た時に「悪影響」と言ったらしい。ユキちゃんは、ゲイの男に会うのを親に止められたのだ。

『弟の夫』では、物語全体を通して、このような偏見が多く描かれる。

「もし娘が同性愛者だったら、この先、生きづらくないか」
「自分はゲイだけど、日本では怖くてカミングアウトできない」
「身内に同性愛者がいたら、学校でいじめられるのではないか」

本作では、マイノリティである人々の抱える不安を、マイクとの会話や生活を通して丁寧に解決していく。
それがこの作品の最大の魅力であると思う。

自分では気づきにくい「偏見」

私事だが、私は高校生の時、BLコミックをたくさん読んでいた。なので、「ゲイに対する理解が自分にはある」と思っていた。

しかし「マッチョなおじさんたちの恋愛は嫌だ、でもキラキラした美青年同士のカップルは見ていられる」という考えも偏見ではないか、と改めて思う。

『弟の夫』は、同性愛についてあまりよく知らない方も、興味がある方も、当事者で悩んでいる方も、ぜひ1度読んでほしい作品だ。

弟の夫/田亀源五郎 双葉社