大人も子ども浸りたい、淡くおだやかな世界。『奈知未佐子短編集 ~思い出小箱の15粒~』

レビュー

人が「面白い」と感じる漫画の条件はなんだろうか?

いろいろな考え方があると思うが、例えば漫画という表現の魅力を「キャラクター」「ストーリー」「演出」の3要素に分解して考えた場合、この三者のバランスが良い作品、もしくはどれか1つか2つが突出している作品が「面白い」漫画になる、というのはひとつの基準ではないかと思う。
そして、特に大勢の人に支持される作品は、(もちろん上記3要素がそろっているパターンが多いのだが)特に「キャラクター」が強いことが多い。
逆に言えば、キャラクターを立てずに魅力的な漫画を、それも商業のフィールドで描くことは、とても難しいことなのかもしれない。

あるいは、(こちらのほうがよりわかりやすいかもしれないが)「画(描き込みの緻密さ、正確さ)」「構成・ストーリー」の2要素に分解することもできるだろう。
「画」の力が強い作品、つまり専門的な知識などがなくても誰もが「絵がうまい」と感じる絵柄の作品は、多くの人の支持を得やすいのではないだろうか。

1編12ページ。時間も空間も飛び越える物語世界

前置きが長くなったが、今回紹介するのは、そんな「キャラ立ち」「緻密で正確な作画」のどちらとも無縁の作品だ。
それだけに、漫画というジャンルすべてを見渡しても、なかなか類のない作品になっている。

奈知未佐子短編集 ~思い出小箱の15粒~
©奈知未佐子/小学館

『奈知未佐子短編集 ~思い出小箱の15粒~』は、タイトルの通り、15編の物語からなる短編集。
「短編集」というと収録作品数は4~8本くらいのものが多いと思うが、この作品は新書版コミックス1冊分の中に15編。すべて1編あたり12ページの作品だ。
一般的な週刊連載の1話分がだいたい20ページ前後。それより8ページも少ないとなると、すぐに読み終わってしまいそうな気がするのだが、そのかわいらしいボリュームに反して、本作は非常に読み応えがあり、さらっと読み飛ばすことを許してくれない1冊になっている。

世界各地のさまざまな時代を舞台に展開するのは、一言で言うと「おとぎ話」風の物語たち。化けていたずらをするたぬきや、天狗や河童、見たい夢を見せてくれるぼんぼり。時空の隙間に通じる不思議な階段。
不思議な出来事が自然に受け入れられていた、今より少し~だいぶ前の時代を、おだやかに描いている。
(唯一、現代日本を舞台にした「煽り橋」が最後に収められていることで、作品世界が不意に身近に感じられる構成もにくいなあ、と思わされる)

静かでシンプルであたたかくて深い、特異な名作の存在感

これらの短い物語たちがたしかな読み応えを感じさせるのは、短い中で物語の起承転結がしっかり描かれていること、そして、はっきりとは語られない、言外のメッセージ性が豊かなためだと思う。

とっつきやすい絵柄も相まって、優しい懐かしさを感じさせると同時に、何度も読み返しては、その内容をよく吟味したくもなる。
読んだ誰もが、物語を自分の中に落とし込むのに時間を使いたくなる漫画たちなのだ。
この童話にも似た読後感は、漫画を読んだ時に得られる感触としては珍しいものだ。

さらに、前述した通り、ここに収められているおとぎ話たちの登場人物は、いわゆる「キャラ立ち」とは無縁だ。
また作者の画風はごくシンプルで、現在主流の漫画というよりは、どちらかというとコミックエッセイなどに見られるものに近い。かといって、コミックエッセイで見られるような、多くの人の共感や興味を誘う作者の実体験が描かれているわけでもない。
冒頭で挙げた漫画の要素でいえば、ヒット作の多くが備える「キャラクター」という要素を持たないし、(描かれている内容に最適という意味でとても魅力的ではあるが)誰が見ても圧倒されるような「画」が売りの作品でもない。
でも、間違いなく漫画としての魅力に溢れた、個性的な作品のひとつなのだ。

こういう作品が生まれ、ずっと読み継がれていく漫画界であってほしいと思っている。
ずっと本棚に置いておいて、人生の節目に記憶の中から取り出してみたくなる。
本作はそんな1作だ。

奈知未佐子短編集 ~思い出小箱の15粒~/奈知未佐子 小学館