一般的に「ごっこ遊び」は何歳までするものだろうか?『ガラスの仮面』は、いい年した大人でも「ごっこ遊び」をしたくなってしまう漫画だ。
読んだ後には必ず、姿勢を正し、胸を張り、腹式呼吸の良い声でセリフを読み上げたい衝動に駆られる。まずはご近所迷惑にならない声で1回。いや、今のセリフじゃ伝わらない。抑揚をつけてもう1回。ダメだ、魂がこもっていない……!こんなんじゃ紅天女(※1)にはなれない!
読んだ人にそんな異常行動を引き起こさせる『ガラスの仮面』は、演劇を題材にした漫画。魅力はストーリーの面白さ・演出の中毒性だけではない。作品内で上演される「劇中劇」も素晴らしいのだ。その完成度は、実際の劇団が「劇中劇」のみを抜粋して舞台化してしまうほど。
そんな「劇中劇」をなぞる形で、『ガラスの仮面』の魅力を紹介していこう。
(※1)ガラスの仮面内の劇中劇の主人公。伝説の演目。
読者を芝居に目覚めさせる「たけくらべ」
主人公の北島マヤはドラマや映画が好きな平凡な少女。ある日伝説の女優・月影千草に才能を見出され、劇団つきかげに入団した。
第一回公演「若草物語」が月影先生を敵視する組織によってマスコミに酷評され、窮地に立たされた劇団つきかげが汚名返上をかけるのが演劇コンクールでの優勝。その演目が「たけくらべ」だ。マヤは主人公の美登利を演じることに。
しかし、演劇界は腐りきっている。なんとライバル劇団のオンディーヌが裏から手を回して同じ演目をぶつけてきたのだ。
しかも美登利役は演劇界のサラブレッドと期待される姫川亜弓!実力もさることながら美貌も知名度もマヤとは比べものにならない。
当然ナーバスになり、芝居を投げ出すマヤ。
連載開始時の70年代には体罰も根性論も、とってもポピュラー。月影先生はマヤを真冬の納屋に閉じ込めてしまう。
しかし、マヤは根っからの芝居中毒。納屋の中で暇を持て余し、自分の演技を見つめ直し始める。
月影先生の身を削る指導も手伝ってたどり着いたのが……
数段上の実力と実績を持つ、姫川亜弓が演じる美登利に対して、マヤはどんな美登利を作り上げるのか?
全編通して宿命のライバルである姫川亜弓との初対決でもあるこの劇中劇は、『ガラスの仮面』沼の入り口だ。ひとつの原作がどのように2つの芝居に料理されていくのか、過程を追うことで演劇の奥深さに触れることが出来る。
納屋での特訓シーンは、ぜひ真似してやってみるべきだ。その後の上演シーンが、より臨場感あるものとして楽しめること間違い無し。
「たけくらべ」を読むならここから!
(ガラスの仮面31話 第三章 風の中を行く #012(1/4))
三重苦をどう演じる?「奇跡の人」
数々の舞台で名を上げ、姫川亜弓にもライバルとして認められたマヤ。2人は「たけくらべ」の時のように、また同じ役を演じることになる。しかし、今度は公式にダブル・キャスト。演目はヘレン・ケラーを題材にした「奇跡の人」だ。
ヘレン・ケラーといえば、耳が聞こえず、目が見えず、言葉も話せず、の三重苦を克服し社会に貢献した偉人。2人はヘレンが言葉を得るまでの幼少期を演じるのだ。
マヤと亜弓は、それぞれ光も音もない世界を理解し、自分のものにしようと役作りを進める。
マヤは目隠しと耳栓で過ごすことを選び、亜弓はもう聾学校で過ごすことを選んだ。しかし、どうしても掴めないのが、劇中でたった一言だけのセリフ「Water」。ヘレンが初めてWaterという言葉を理解した“奇跡”の瞬間だ。
考えぬき、全神経を研ぎ澄まし、「Water」が理解できる瞬間を迎えたマヤと亜弓。
2人はどのように“奇跡”を表現したのか?
上演シーンで2人がたどり着く“奇跡”の境地を読めば、誰もが立ち上がり、「Water!」と叫びたくなるはず。
少女漫画のライバルといえば、意地が悪くて最後には痛い目をみるものだ。しかし、亜弓は単純に打ち破るべき「敵役」ではない。彼女には彼女の信念があり、時にはライバルであるマヤを助けることもある。正統派の女優とされる亜弓と、型破りな女優とされるマヤ。このコントラストが物語全体を、劇中劇を加速させ、お互いを高めていく。
「奇跡の人」を読むならここから!
(ガラスの仮面149話 第七章 炎のエチュード(1) #063(1/1))
今回紹介した劇中劇に関する部分は、40年以上の歴史を持つ『ガラスの仮面』のたった一部。紹介した劇中劇のほかにも、「ガラスの仮面ごっこ」をしたくなるシーンは満載だ。
2018年8月現在、ガラスの仮面は451話まで配信中。2012年から新刊が出ていないが、そんなことは問題ではない。待つのが苦ではないほど面白い上に、私たちは新刊を待っている間に、「ガラスの仮面ごっこ」の腕を磨けば良いのだ。
『ガラスの仮面/美内すずえ 白泉社(花とゆめ)』