銃を捨てて、友達の手を握ろう。変態癒し系軍人JK4コマ『さよならトリガー』

レビュー

自分の学生時代――小学校・中学校・高校の12年間――を振り返ってみると、クラスに「転校生」がやってきたのは2・3回だけだったと思う。それくらい、転校生という存在は非日常的で、滅多にお目にかかれない。

しかしながら、学校が舞台の漫画にはよく転校生が出てくる。1作品に必ず1人いると言っても過言ではないだろう。ときに主人公だったり、ときにテコ入れの新キャラだったり。

『さよならトリガー』の主人公・「アナ」ことアナスタシアは、遠い国から日本の高校に編入してきた銀髪碧眼の女の子。「外国人留学生」も、学園漫画ではお約束のひとつ。少し違うのは、彼女が各国の戦場を駆け抜けてきた歴戦の軍人であることくらいだ。

さよならトリガー
©千田大輔/講談社

戦場の天使が学園の天使に

迷彩服に身を包み、左目に眼帯をつけ、教室に入るやいなや軍隊式の敬礼をして自己紹介と、転校初日からやらかしまくりのアナ。戦いの日々に疲れ果てた彼女は、ごく普通の高校生活を送るため、世界で最も平和な国のひとつ・日本にやってきた。

『さよならトリガー』は、アナとクラスメイトたちの何気ない日常を描いた、作者曰く「変態癒し系軍人JK4コマ」。見どころは、ふたつの意味でのアナの世間知らずさにある。

まず、生まれながらの軍人なので、一般人としての常識を知らない。学校にもナイフや銃などの武器を持ってくるし、「購買は戦場だ」という例えを真に受けてしまう。

次に、外国人なので、日本の文化を知らない。浴衣を着るときは下着をつけないという嘘を素直に信じたり、回転寿司を「生ものを回転させながら食す滑稽な文化」とさり気なくディスったり。

アナの言動には計算や悪意が一切なく、その純粋さが本作の笑いのキモとなっている。

戦士が銃を下ろすとき

戦闘技術には長けているが、運動神経はあまりよくなく、転んだだけですぐに泣き出すなど、軍人だったとは思えないほどアナはかよわい。

実はアナは、極度の緊張状態が続くとサディスティックな性格(通称「戦場のアナウサギ」)に変わってしまう。過酷な戦場で生き残るため、本来の優しい心を守るために生み出した、もうひとりの自分自身だった。

こうした人格豹変ネタは、序盤こそよく見られたものの、物語が進むに連れて次第に少なくなっていく。それはつまり、アナが高校生活を送る上で緊張しなくなったことを意味する。

日本はしばしば、「平和ボケしている」と言われるときがある。しかし、ボケていようと何だろうと、身の危険を感じずに一日を終えられるのなら、それに越したことはないだろう。ゆるみきったアナの笑顔は、そんな日常がどれだけ尊いものかを私たちに教えてくれる。

戦場帰りの外国人よりキャラが濃い、日本の高校生たち

転校生で、外国人で、元軍人で、多重人格者。属性盛りだくさんのアナだが、作中での存在感は比較的薄い。というのも、周りのクラスメイトたちがアナ以上の変わり者ばかりだからだ。

雫石妃百合(しずくいし・ひゆり)は、アナに初めて会ったとき一目惚れして以来、彼女に友達以上の感情を寄せ続ける。「変態癒し系軍人JK4コマ」の「変態」要素は、ほぼヒユリひとりのせいといえる。

ヒユリの友人の、不来方続道(こずかた・つぐみ)。男子生徒よりも男らしいイケメン女子だが、オバケが苦手だったり、告白されて赤面するなど、かわいい一面を見せることも。

他にも、ツンデレお嬢様の麗華、ことあるごとにお漏らしをする由良(ゆら)、日本刀を振り回す生徒会長の桜子、エトセトラ。こんな生徒たちが集まる学校なら、元軍人のアナを受け入れるくらい造作もないのかもしれない。

また、男子生徒の活躍も見逃せない。アナに片想いをしている茂部(もぶ)は、名前通りのモブ男子でありながら、意外とアナといい雰囲気になる場面が多い。彼の恋路が実るかどうかは、本編を読んでのお楽しみ。

どのキャラクターにも共通しているのは、みんなアナが大好きだということ。敵なら、殺すか殺されるか。味方でも、作戦の役に立つか立たないか。殺伐とした価値観の世界で生きてきたアナにとって、無条件に自分を愛してくれる人たちと過ごす日々がどれだけ幸せなものか、想像もできない。

朝、教室に入れば、昨日と同じ顔ぶれに必ず会える。アナの日常に、もう銃は必要ない。だから、『さよならトリガー」

さよならトリガー/千田大輔 講談社