美しい四季の移ろいがスープに溶けたグルメ漫画『オリオリスープ』

レビュー

味噌汁をズッと一口すすったときの、あのぬくもり。
 
均一的なインスタントの味じゃなく、旬の食材を使って、好みの味噌で味つけされた味噌汁がいい。栄養や水分がじゅわっと身体に染み渡っていく感覚がある。
 
それに共感できる人は手元に『オリオリスープ』を置いておくといい。

 

オリオリスープ
©Yoshiko Watanuki/講談社
 

汁物好きな食いしん坊のブックデザイナー

 
主人公の原田織ヱは本の装丁家。ブックデザインの会社に勤めている彼女は、仕事が煮詰まったりアイデアに飢えたりすると、とある癖がでる。
 

 
それは、給湯室でスープをつくること。
 

 
旬の食材を用いて、過去に食べたことがあるものをヒントに、あるいは完全な勘でつくられるスープのおいしそうなこと……。
 

 
お腹が空いたらフラリと出ていくし、机の上は散らかってるし、スケジューリングも下手でよく会社に泊まるし、なにより理論でなく感覚で行動するし。
 
正直言って「ちょっと苦手だこの人…」と思う人もいるかもしれない。
 

 
勤勉で努力家、クールな秀才デザイナー・同僚の凡弥燕も、奔放な織ヱが気に入らなくてたまらない。
 
でもそれは、性格の相違だけでなく、それだけ勝手気ままに過ごしているようで、抜きん出た色彩センスとずば抜けた発想をもつ、彼女の天才的なセンスが羨ましいから。
 

 
デザインへのアプローチも性格も正反対のふたり。ただ、悩みなどなさそうな織ヱも、完全無欠系の弥燕も、じつはそれぞれ暗い過去を抱えていたり。
 

 
物語が進むにつれて、その暗い過去との向き合いや、さまざまな「ひょんなこと」を積み重ねて、織ヱに苦手意識を持っていた弥燕にも少しずつ変化が訪れる。
 

濃厚で匂い立つような四季の描き方

 
グルメ漫画としての『オリオリスープ』はもちろん素晴らしい。
 

 
野菜がたっぷり使われているものが多く、思わず作りたくなってくる(ちなみにクックパッドに公式のレシピアカウントがある!)。
 
もうひとつ素晴らしいのが、四季の描き方だ。『オリオリスープ』の「オリオリ」は、織ヱの名前だけではなく、四季折々、の意味も込められている。
 

 
とある夏の一幕、かき氷屋さんで一息つく織ヱにかかる夏の西日の、この生っぽさ。水や草木が影のなかに絶妙なニュアンスをもたらす、夏ならではの陰影が描き出されていたり、
 

 
夏の終わりのトマト畑の、みっしりと茂った緑と濃厚な赤の描写。土の匂いまで感じされそうな濃厚な書き込みが本当に美しい。
 

 
情景だけでなく、冬至やお月見など、季節ごとの行事も丁寧に描かれていて、読むたびに四季のある国に生まれてよかったなあ……とそんな風に思えてくる。
 
匂い立つような四季の描き方は、いったいどうやってできるんだろうと考えたら、作者は長野県出身とのこと。長野は美しい自然に囲まれた自然豊かな県だ。
 
きっと、身近なところに四季の移ろいがある場所で育ったからこそ、この緻密な描写で季節のさまざまを描き出せるのかなぁ、なんて思ったり。
 

読了後の多幸感はおいしいスープを飲んだ時のよう

 
織ヱ、弥燕の距離感の変化はもちろん、職場や、織ヱの住まうアパートの住民、友人など、ふたりをとりまくさまざまなキャラクターたちにも注目したい。
 
春夏秋冬の描写や、登場人物たちがなんともいいダシとなって、読了後はなんだかおいしいスープを飲んだような多幸感につつまれる。
 
『オリオリスープ』は全4巻。2年、つまりふた回りぶんの春夏秋冬を舞台に描かれる美しく、そしておいしい物語をぜひ、うつろいゆく季節のそばに置いていてほしい。
 
 
オリオリスープ/Yoshiko Watanuki 講談社