文学と仕事と恋と友情。唯一無二の“王道”文芸エンタメ漫画『花もて語れ』

レビュー

読んでから5年10年経っても心に残り続ける漫画には、人それぞれ、“条件”がいくつかあると思っている。
私の場合は、「知らなかった世界を教えてくれる」「漫画という媒体の特性が活かされている」「不器用な人間の生き様を描いている」の3点のうち2点以上が満たされていると、自分の中で「殿堂入り」する率が高い。
そして、『花もて語れ』(片山ユキヲ)はまさに、この3つの条件をすべて満たした個人的「殿堂入り」の作品だ。

花もて語れ
©片山ユキヲ/小学館

圧倒される! 豊かな文学世界の驚くべき漫画表現

『花もて語れ』は、「朗読」をテーマにした漫画。
引っ込み思案な新人OL・ハナは、幼い頃に事故で両親を亡くし、地方の村で伯母に育てられた。小学生の頃、教育実習のために村へ来た青年・折口の指導のもと、学芸会で演劇のナレーションをしたのがきっかけで、ハナは「朗読」の面白さを知る。それからもずっと心の奥に「朗読」への思いを持ち続けていたハナは、大人になってから、ある出来事がきっかけで再び「朗読」に挑むことに…というのが、大まかなあらすじである。

この作品の最大の魅力は、文学作品世界の豊かな漫画表現だ。
「朗読」の話だから、ハナたちが読む作品として、文学作品が多数作中に登場する。
その物語世界を描き出す漫画表現が、まず、とにかくスゴい。

宮沢賢治、芥川龍之介、太宰治、小川未明、坂口安吾、夢野久作…国語の教科書で、あるいは現代文の資料集で、一度は名前を見たことがある。でも、きちんと作品を読んだことはない。そんな純文学や児童文学の古典が、実はとてもユニークでエキセントリックな内容を持っているということを、私はこの漫画で実感させられた。

それは「漫画でわかる日本文学」的な要素でもありつつ、その内容が「朗読」の対象として作中で「読み解かれる」ことを通じて、よりファンタジックな、思いもよらなかった画面として描き出されてもいるのだ。

「きっと伝わる。伝えたい気持ちがあれば」キーフレーズに込められたもの

本作では「朗読」という表現そのものについて知ることもできる。
「朗読」と聞いて最初にイメージされるのは、一般的には、単純に黙って本を読む「黙読」に対して、声に出して読む読み方=「音読」ではないかと思う。国語の授業中に、「○ページの○行目から、誰誰さん」と当てられて読むアレだ。
…が、どうも単なる「音読」と、表現としての「朗読」は全く異なるもので、そこには、普通の学校教育や読書体験の中では触れることのない、独特の流儀やテクニックが存在する
たとえば本作で扱われる朗読の流儀においては、「ステップ1~6」の段階が存在し、表現者として朗読の腕を磨くには、その「ステップ」を自分のものにしていかなければならない。

馴染みの薄いジャンルではあるものの、主人公がアツい修業をこなしながら腕を上げていく展開は、王道スポ根的な普遍性を持ってもいる。

さらに、「きっと伝わる。伝えたい気持ちがあれば」という、折口が幼いハナに語ったフレーズが、作品のテーマとして何度も繰り返し登場する。これは朗読という表現の魅力を表す言葉であると同時に、「人にうまく気持ちを伝えられない」という、多くの人が共感する悩みにもつながる。この点も、珍しい題材を扱っているにもかかわらず、読者が感情移入しやすい理由だと思う。

コーヒーの販売会社に勤めるハナは、その内気な性格から日常業務や上司・同僚とのやりとりの中でつまずくことも多い。その小さなつまずきを、朗読によって克服していく。仕事に悩む若い社会人には、共感できる部分も大きいだろう。

素朴でアツい…だけじゃない、意外な人間ドラマの魅力

さて、この作品の最大の特徴は、最初に述べた「文学の漫画的表現」だ。
そうと意識されてのものではないと思うが、作者の筆致はどちらかというと素朴で実直な印象が強く、決して派手ではない。
それは地方で育って上京してきたハナというキャラクターにとても合っているし、絵本のように文学作品の世界を表現するこの漫画を描くには最適だ。
だが、実は本作には、この画風からはあまり想像できない、ちょっとビックリするような人間ドラマも含まれているのだ。

ハナと折口をはじめ、ハナと深い友情を育む女性・満里子やハナが通う朗読教室の面々、ハナのおさななじみのミュージシャン・谷村など、キャラの立った登場人物たちの存在も本作の魅力。
詳述してしまうとネタバレになるので、ここでは(とっても書きたいけど)書かないが、物語後半では、深みを増していく文学・朗読の表現に併走するように、彼らの人間模様の変化が描かれていく。
その実態は、ぜひ本編を読み進めて確かめてほしい。

今回、このレビューを書くにあたって久しぶりに全13巻を読み返し、改めて自分にとって特別な位置にある作品だということを認識した。
あなたにとっての「殿堂入り」漫画は、どんな作品だろうか?
そんなことを考えながら漫画を読むのもまた、楽しいと思う。

花もて語れ/片山ユキヲ 小学館