夢を追う父親の背中に息子は何を見るのか『花男』

レビュー

「ちょっとお父さん!しっかりしてよ!」
世界中で、このセリフがどれだけ言われてきただろうか。
物悲しい気もするし、それぐらいの方が変に気を使わない間柄なんだな、とも思える…いや、やっぱり物悲しい気がする。

夢追い人な父親と、現実的な息子。
その関係性が次第に変化していく様子に、自然と胸が熱くなってしまう。
そんな素敵な漫画が、松本大洋の描いた『花男』である。少女漫画『花より男子』の話ではないです。

花男
©松本大洋/小学館

主人公は2人。成績優秀でませた小学3年生の茂雄と、ジャイアンツに入団し、ホームラン王になることを夢見ている父、花男。
終業式が終わり、意気揚々と帰ってきた茂雄。「明日から夏休みだ」なんてうきうきしている様子が描かれている。
しかしそこで母から、夏休みは父親の元で暮らすよう言われてしまう。
父親はプロ野球選手を目指すために、自分と母親を置いて家を飛び出してしまった30歳。

大人びた考え方の茂雄は「そんな絶対無理なものを目指している男と暮らしたくない」とつっぱねるが、母親の「父親がどういう人間なのか知ってほしい」という強い願いに根負け。
嫌々ながら、花男との生活を始める。

花男は父親としては頼りないというか…語弊を恐れず正直に言うと、バカなんじゃないかと思ってしまうような人物だ。

ジャイアンツに入団してホームラン王になりたい、30歳の父親。現実世界にいたら周りからすごい説教されそう。
定職にはついていない。地元商店街の野球チームに所属していて、試合で活躍すると貰えるお金と食料で生活している。

野球の腕前自体は確かではあるが、間の抜けた行動が目立つ。
そんな父親のことをやっかむ茂雄の気持ち、分からないでもない。

「俺の親父、30歳でプロ野球選手目指してんだぜ!」言えない。友達に紹介しづらい。
もうすぐ思春期の小学3年生男子から見て、そういう男はかっこいい、とは思えないだろう。
ただ、茂雄も茂雄である。

茂雄のことも正直に紹介しよう。なまいきなガキである。
前述した通り成績が優秀で、しかしそれをちょっとおかしな方向にこじらせており「自分は周りとは違う人間なんだ」という言動が端々に見られる。

上で取り上げたページは、茂雄が同級生からもらったカブトムシをペットショップに売り飛ばした後のシーンだ。
茂雄は当たり前のように金勘定をし、カブトムシをくれた相手に対して報酬を渡そうとしている。
愕然、幻滅する同級生たち。そりゃそうだ。

現実的で大人びた息子と、夢を追い奔放に暮らす父親。
この真逆な2人が同じ屋根の下で過ごす訳で、もちろん上手くはいかない。
花男の自由過ぎる行動に振り回される茂雄。
実の父親に対して思いっきり「死ね!!」って言ってますね。

しかし一緒に暮らしていくうちにだんだん、茂雄は花男から影響を受け始める。

茂雄の中で花男が、子どもっぽくて危なっかしい、つまりほっとけない存在になっていく。
あれだけ嫌々だった花男との生活に、少しずつではあるが、馴染んでいくのだ。

花男も茂雄の変化に気づく。
あれだけ大人びていた息子が、子どもらしい一面を見せるようになってきた。

そしてついに茂雄は、転校を決める。
父親の元で暮らすことを選択した。

突然だが、これを読んでいるあなたにとっての父親とは、どういう存在だろうか。

私ごとで申し訳ないが、昨年実父が亡くなった。正直、良いとは言えない親子関係だった。しかし…というかなんというか、この世からいなくなってしまうと、やはり思うところがある。
小学生の時、近所の空き地で父親とキャッチボールをした。
父親に野球経験があったかは知らない。なぜそういう流れになったかもよく分からない。
そういえば、父親はよく野球中継を見ていた。その影響で私はジャイアンツファンである。

尊敬、信頼、自慢の父親。頼りない、ワガママ、嫌いな人。
人それぞれ、父親に対して思うことがあるだろう。
「どういう存在か」説明するのを難しく感じる方もいらっしゃるはず。
でも実は、意外とシンプルな答えがあるのかもしれない。
私は『花男』を読んで、こんなことを考えている。

物語の終盤、父子の関係は羨ましいとも思える展開を迎える。
その内容についてはぜひご自身の目で見てもらうとして、思うことがある。

私は現在、1児の父親だ。
そして、そんな私は子どもをビリビリさせられる父親でありたい。

花男/松本大洋 小学館