秘密を抱えた少年少女の歪み。『ヒメゴト~十九歳の制服~』

レビュー

いつから大人になるのか。

きっとそれに、明確な答えはない。

しかし日本では、20歳を境に多くの義務と権利が与えられるようになる(※2018年7月現在)。

20歳が大人への節目であることに、間違いはない。

上記の定義でいくと、19歳が最後のモラトリアム期間だ。今とは違う「何か」へ変わらざるを得ない未来が見えている中で、ある種の歪みを秘めた少年少女を描いた『ヒメゴト~十九歳の制服~』を、大人になった今でも読み返したくなる。
 

ヒメゴト~十九歳の制服~
©峰浪りょう/小学館
 

それぞれの秘め事

この物語の主要人物3人は、それぞれが自分の中に秘め事がある。

必ずしも秘める必要は無かったかもしれない。ただ、当人あるいは世間から見れば簡単に外に出せるようなものではないのも事実だ。

彼らは己の欲求をうちに秘め、それを肥大化させていく。
 
例えば物語の主人公と言える女子大生の由樹(ゆき)は、学内では「男装の麗人」と噂されていた。口調も格好も仕草もまるで男性のようで、女性らしさとは無縁のように思われていた。
 

 
元々男勝りな性格だったのは事実だろう。

しかし年頃になってくると、女の子らしい格好をしてみたいという、当然の欲求も出てくる。

彼女はその欲求を、表に出すことができなかった。

自分を知られていない環境にいって、素直な自分を出したいと思ったけれど、昔からの友人がその環境に入り込んできてしまったため、その欲求を内に秘めることにした。
 
高校の制服を着ながら自慰行為をすることで、その欲求を発散する。

スカートを履くことで、「性」に触れることで彼女は自分が女性であることを実感できたのだろう。
 
このリアリティに、震えてしまう。由樹の立場になったことを考えた時に、同じ行動を絶対に取らないと断言することができないのだ。むしろ、そうなっても不思議でもないと思わせられる描写力が、ただ恐ろしい。
 
同じく主要キャラの未果子は、昼はいかにも清純な女性を演じているが、夜は人知れず体を売り、己の価値を確かめていた。
 

 
彼女は同性も異性も思わず見惚れるくらい、容姿が整っている。

自分の価値を確かめるために、体を売るというのは馬鹿げて見えるかもしれない。
 
しかし彼女が考える自分の価値とは、「少女」であることなのだ。

彼女の実年齢は19歳ではあるが、15歳と偽り体を売る。

その嘘を相手が信じ、行為に没頭しているということが、彼女に取って価値に足りうるのだ。
 
彼女の価値観は、通常と比べれば異質であることは間違いない。けれど、それが理解できてしまう。

心の中に隠している、表には出せない秘めた自分の価値観が、引きずり出されている感覚を覚えてしまうのだ。
 
もう一人の主要キャラ・佳人も、いわゆるイケメン男子でありつつも、未果子と同じ格好をして街を徘徊するという、女装男子であることを秘めている。
 
彼らの秘め事は、恐らく我々が普段気づかないふりをしている部分と、密接に関わっている。

それはきっと、普段当たり前のように持っている欲求がどこかで歪みながら、肥大化したもの。見えてはいないだけで、誰とでも地続きの欲求なのかもしれない。

絡み合うそれぞれの関係性

彼らは制服を着ることで、己の欲求を果たしている。

制服は少女の象徴であり、女性の象徴としても描かれている。

彼らの欲求は、制服を着ることで叶えられていた。

しかし上述しているように、彼らの秘め事は長くは続かない。制服を着ていられるリミットが、刻一刻と近づいている。
 
そんな焦りを持ちながら、彼らはお互いの秘密を知ることになって、触れ合っていく。

「女の子」同士としての触れ合いや、清純さの象徴としての憧れを求めながら。
 

 
秘めている分なのか、彼らの理想に対する純度はひどく高いように見える。

そうあること以外を、許したくないとでも言うかのように。

彼らの関係は、秘め事を明かし合える関係でありながら、触れ合ったことで生まれた感情を隠そうとするような、歪さを常に持っていた。
 
ただ、その歪さが崩れていく過程にゾクゾクさせられてしまう。

理想を、自らの感情が崩していくのだ。
 

 
なぜかと問われれば、思わずとしか答えられないような行動が増えていく。

理想を持ってしても、制御できない感情が育っていく。
 
由樹・未果子・佳人の三角関係は、漫画史の中に残るのではないかというくらい複雑である。誤解を恐れずに言えば、極めてグチャグチャしている。
 
理想が幻想だと気づいた後も、離れられない。

互いに救いを求めているのだろう。

そんな関係性に、魅入ってしまうのだ。
 

終わりに

彼らは自分の歪さを自覚している。

それでも、制服を手放せなかった。理想を手放せなかった。

しかし彼らは出会ったことで、変わっていく。
 
制服は彼らを守る盾だ。いや理想に籠もるための殻だと言っても良い。

近い将来大人の定義が変わり、19歳が大人へのモラトリアム期間で無くなったとしても、殻から出られるかを描いたこの物語が色褪せることはないだろう。
 
 
ヒメゴト~十九歳の制服~/峰浪りょう 小学館