凄絶な体験は、時にギャグよりもギャグである。『ほとんど路上生活』

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本当に怖い目にあったり、とんでもない窮地に陥ったりすると、そんな場合じゃないのに笑えてきてしまうことがある。
筆者の今までの人生は、客観的に見てさほど波乱万丈でもないし、特に大きな事件も体験せずに来たという自覚があるため、そうしたシチュエーションとして想像できる範囲は狭い。
だが、それでも恐怖と笑いがいつでも紙一重であることは実感としてわかるし、それが多くの人に共有されている感覚であるからこそ、ホラー映画を笑いのめす文化があったり、ホラー漫画の大家がギャグ漫画を描いたりもしてきたのだろう。

壮絶コミック「エッセイ」…なのに、とても「漫画的」

ほとんど路上生活
©川路智代/エブリスタ

『ほとんど路上生活』(川路智代)。
本作は、元いた家のひどい状況から、夜逃げならぬ“昼逃げ”をして、文字通り「ほとんど路上」=ドアのない平屋で母、兄、妹と暮らすという経験をした著者が、その日々とそうなるに至った背景を描いたコミックエッセイだ。
明るく健気な母・のばらさん、家族思いの長男・大和兄ちゃん、脱走したり粗相をしたりもするけど元気いっぱいの妹・みんげつ。宴会場の持ち主であり、のばらさんの実家でもある魚屋・「魚郎」のおじさんやヘルパーの愛さんら、(いろんな意味で)強く、そしてあたたかい家族たちとの生活を、主人公・トモちゃんが語っていく。

基本的な背景事情の時点ですでに圧倒的に強烈な作品ではあるが、本作にはコミックエッセイとしても、そして漫画としてもユニークな点が多数ある。
まず、主人公のトモちゃんが、著者・川路さんから「語り手役」に任じられた「役者」であるという設定だ。

漫画のキャラクターを俳優として、作品の中の役割を演じる存在に見立てる、いわゆる「スターシステム」は、手塚治虫を筆頭に一部の漫画家が用いる手法だが、今の一般的な漫画読者にはあまり馴染みがないかもしれない。
TV番組のフォーマットを模したつくりなど、漫画の「枠組み」自体をネタ化しているところも含め、マニアックな漫画読者は「おっ」と思わされるし、そうではない読者は新鮮な驚きを感じるのではないかと思う。

一度見たら忘れない、インパクト大な画風・演出

ホラーかよ…と思うような、フィクションであってほしいと思わされるほどに凄絶な体験、一家をギリギリまで追い詰めた出来事もあけすけに描かれていながら、ちゃんと笑えてしまう、間違いなくギャグ漫画として成立しているのは、おそらく、誰にも似ていない個性的な漫画表現によるところが大きいと思う。
大胆に簡略化されたキャラクターデザイン、かすれた感じの主線、そして特徴的な擬音の表現。

擬音語、擬態語を活字ではなく「画」の一部として描く、いわゆる「描き文字」には、かつては多くの漫画家がその個性を反映させていたが、近年の若手漫画家は、あまり描き文字にこだわっていない人が、以前に比べて多いように思う。
漫画の原稿をデジタル環境で描く人が増えたことと関係しているのではないかと個人的には考えているのだが、そんな中で、本作の「あえて存在感のある統一フォントを使う」手法はあまり見たことのないもので、強烈な印象を与える。

シンプルなコマ割りに乗せられたこれらの表現が与える統一感は、独特の「乾いた」雰囲気をこの漫画全体にもたらしていると思う。
乾いているから、ヤバすぎる出来事も、読者は深刻になりすぎずに受け止められるのだ。

超ヤバいのに妙に明るい、「あっさり感」の正体は

「乾いている」一方で、この漫画は「冷たさ」を感じさせない。
家族や助けになってくれる人の愛情深い描かれ方に加え、本作には「羽交い絞めおじさん」「イワシおじさん」「聖水おじさん」「ハムスターババア」といった、もはや字面だけでも強烈すぎる不審者たちが登場してくるのだが、彼らの描かれかたはどこかユーモラスで、(いや実際にはそれは大変だったであろうが)読者として見ている分には「あはは、やべえ~~~」でいったんは済ませてしまえる明るさがあるのだ。
(その分、人間として描かれていないふたりの人物「ブタ造」と「クマ造」のおぞましさが際立ってもいる)

そして最後に触れておきたいのが『ほとんど路上生活』というタイトル。
内容を文字通り素直にあらわしたタイトルではあるものの、これはいわゆるコミックエッセイとしてはやや異質というか、とてもあっさりした作品名であると感じる。
(たとえば「ヤバすぎる家から昼逃げしてきました」とか、「不審なおじさんが家にいます」とか、いかにもコミックエッセイ的にヒキの強いタイトルにする案も、きっとあったことだろうと想像する)
でも、あくまで「ほとんど路上生活」だった日々とその背景をサクサクと笑いに変えながら、ひょうひょうと描き出した姿勢が最大の本作の個性なのだろうし、それを考えるとやっぱり、このタイトルが一番ふさわしいと思う。

本作がデビュー一作目である著者のこれからの活躍をいっそう楽しみにするとともに、未読のあなたには、ぜひこの衝撃を味わっておいてほしい。

ほとんど路上生活/川路智代 エブリスタ