決してファンタジーではない。感情がたぎる人間模様を描いた『千年万年りんごの子』

レビュー

友達に勧められたり、レビューの評価が高かったり、何度も名前を聞くが読めていない漫画はないだろうか。
絵柄が嫌いなわけでもないし、おそらく読めばおもしろい。
しかし、なぜか手を出さずにいる漫画だ。
 
『千年万年りんごの子』は私にとって、なかなか手が出せなかった漫画のひとつだ。
2012年に第16回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門で新人賞も受賞しているとあって、タイトルはそこかしこで聞いていた。

千年万年りんごの子
©田中相/講談社
 
・表紙から抱くファンタジー要素

・のほほんほのぼの系
 
本作にはこんなイメージを持っていたのだが私はよく、刺激がほしい!とサスペンスやハラハラドキドキするような作品を選んで読んでいたので、自然と敬遠してしまっていたのだ。
しかし、今回レビューを書くにあたって、ここぞとばかりにまとめて購入して読んでみた(実は3巻完結と手が出しやすい)。
 
結論、めっちゃよかった。
 
喜怒哀楽、感情の波が次々に押し寄せ、あっという間に結末へ。
普段漫画はジャケ買いをすることすることが多かったのだが、これは盲点。本作をファンタジーだと思って敬遠している人(私の他にいるかわからないけど)に向けて、レビューを書きたいと思う。
 

閉鎖的な村の陰と陽

 

 
まずは簡単なストーリー説明から。
 
舞台は昭和40年代。主人公の朝日は青森から上京してきたりんご農家の娘だ。大学出のインテリ青年・雪之丞との見合いでトントン拍子に結婚が決まる。肉親のいない雪之丞は、朝日からの申し入れで婿養子として青森の農村に行くことに。共に働く中で、夫婦として心を通わせていくが、ある日ふたりは村の禁忌に触れてしまいーー。
 

 
冒頭のほんわかとした雰囲気から一変、一家に不穏な空気が流れる。先を知りたいけど読み進める手を止めてしまうような嫌な空気だ。閉鎖的な村社会の掟に、気味の悪さを感じざるをえない。
 

朝日は、今一番嫁にしたいキャラクター

 

 
どんよりと重いストーリー展開の中でも、一貫して明るさとかわいらしさが目立つのは主人公の朝日の存在のおかげだ。
はつらつとした笑顔は健康的。割烹着姿には母性を感じざるを得ない。
雪之丞との出会いのシーンのぶすっとした顔さえ、愛おしくみえてしまうのだ。
 

 
感情がすぐ顔にでる。かわいい。
 

 
焦ってる。かわいい。
 

移ろいゆく感情、表情の変化

 

 
ストーリーの要となる禁忌に触れたことがきっかけとなり、雪之丞と朝日の間にはある感情が芽生える。
それは「愛情」だ。
 

 
雪之丞は、とても頭がいい。その頭脳明晰さと家庭環境への劣等感から、物事を客観的に考える傾向がある。自分がどんな立ちふるまいをしたら周りに迷惑をかけないか事を荒立てないような最適解をいつも頭の中の計算機で叩き出していた。
 

だから自分の感情にはとても鈍感だ。

 

 
朝日と触れ合うにつれ抱く恋心にも気づかない(この感情表現、最大級にかわいい)。
 
禁忌に迫るサスペンス要素、相反するふたりが距離を詰めていく恋愛要素を含むこの作品。
さらにストーリー展開と並行で注目していただきたいのは、序盤と終盤でガラッと変わる雪之丞の表情の変化だ。
 

 

 
序盤は冷ややかな目と固く結ばれた口元。感情を表に出さない様子が伝わってくる。
 
それが終盤になるにつれ、
 

 

 
ここまで豊かになるのだ。
 

ストーリーにもキャラクターにも気持ちがこもる

 
また、本作では泣くシーンが何度か登場する。
 

 

 

 
ぽろりと静かに雫をこぼす泣き方もあれば、喉の奥にぐっと力がはいるような泣き方。泣きはらして目が腫れた表現もある(涙を描かず泣いたことがわかるすごい表現だと思う)。
 

 
そしてネタバレしないようにとストーリーには多く触れなかったが、もちろん先の読めない展開にサスペンス好きにもかっちりはまるはずだ。
 
最近自分の感情に素直になれていない人にもぜひ手にとっていただきたい。
登場人物たちの豊かな表情と素直な感情表現に惹かれて、きっと、少しだけ素直になれるだろう。
 
 
千年万年りんごの子/田中相 講談社