平凡な話なんてない!エネルギー全開な農業エッセイ漫画『百姓貴族』

レビュー

みなさんは、牛のエサがおいしいことはご存知だろうか。
噛み砕くと香ばしさが口いっぱいに広がる。そして食べる手が止まらなくなる。
ビールのおつまみにぴったりだ。

さて…筆者の頭がおかしくなった訳ではない。
本当に食べたことがある。

現在は廃業してしまったが、昔、私の実家では牛を飼っていた。
育てた牛を食肉用に出荷する、畜産業を営んでいたのだ。
そこで、牛の世話を主だってやっていた叔父に「牛のエサ、うまいから食べてみーや」と言われ、口に運んだ、というのが経緯。

実は私が食べたエサは、ナッツなどの穀物が使われているもの。
味はそのまま、おつまみのナッツである。多少硬いが、全然食べられる。
まあそれでも、当たり前の話ではあるが、人が食べる用に作られていないので、真似しないでくださいね。
小学生の私にそれを勧めた叔父が変な人だった、という話だ。

このように、畜産や農業には色々な面白さ(?)がある。
知らない人ならびっくりしてしまう話もたくさん。
ということで今回は農家出身の漫画家、荒川弘が描いているエッセイ漫画『百姓貴族』をご紹介させて頂く。

百姓貴族
©荒川弘/新書館

ご紹介させて頂く…と意気込んでみたが、紹介するだけであれば「農業エッセイ漫画」という言葉に十分収まる。
ただその内容はかなり破天荒。北海道の有名なキャッチフレーズに「試される大地」というものがあるが、その通り、人間VS自然という図式が見えてしまう。

作者は荒川弘。アニメに小説、ゲーム、実写映画化など、その人気ぶりから数多くのメディア展開が為された漫画『鋼の錬金術師』の原作者である。近年では農業高校を舞台にした青春ストーリー『銀の匙 Silver Spoon』も描いている。

そんな彼女…そう、自画像や作風から勘違いされることも多いが、女性だ。そんな彼女は、上の画像にもあるが、北海道の農家出身。
そこで体験した出来事を漫画化したものが『百姓貴族』である。
ではここから、作品内で語られる、私が好きなエピソードをいくつか見て頂きたい。

北海道に上陸する台風は、勢力がものすごい、という話。
台風が来ると敷地内にある川が(敷地内!?)氾濫し、牛が運動するスペースにまで水が流れ込んでくる。
台風がおさまった後、外に出てみると、その運動スペースに氾濫した水の中に紛れ込んでいた鮭が打ち上がっている、というもの。
鮭が獲れる畑である。

そして私が気に入っているのがこちら。
氾濫した川のせいで、そこにあった堆肥が全て流されてしまったのだ。
堆肥、つまり牛のフン。
フンが流されて、大ショックを受ける荒川弘とその父親。

動物のフンが大切なのは、農家ならではの感覚ではないだろうか。
確かに、ないと畑作りに影響が出る。引いては収穫量に、出荷に、そしてお金に。
生活がかかっているのだ。フンがなくなると、お金が稼げなくなる可能性が。
面白さと同時に、なるほどなぁと思ってしまう。

続いてはこちら。
といってもこのページだけだと分かりづらいですね。

これは、トウモロコシの葉っぱの話だ。
実は、トウモロコシの葉っぱのフチは細かいノコギリ状になっている。
そして収穫のためにトウモロコシ畑に入っていると、いつのまにかそのフチがあたって首筋に傷が出きてしまっている、というエピソードだ。
だから上のページのように、トウモロコシ畑でのシーンのある映画を見ると「絶対首筋に傷出来てるだろ!」と思ってしまうという。

これもやはり、農家ならではというか、農家目線でないと語られない映画寸評だろう。
今後ドラマや映画でトウモロコシ畑が出てきたときに、登場人物の首ばっかり見てしまうようになること、うけあいな話だ。

また、このエッセイ漫画の面白さのひとつに、母親としての荒川弘が登場することが挙げられる。
漫画家として仕事をする傍ら、育児にも励む姿。『鋼の錬金術師』などの荒川作品しか読んだことのない人にとっては、なかなかレアな描写ではないだろうか。

ちなみに回によっては旦那さんも登場する。クマみたいな見た目でなんだかかわいい。

『百姓貴族』をただの農業エッセイ漫画だと思ってはいけない。
時にはツナギとパンツが持っていかれて裸になってしまうし、時にはおじいさんの肋骨が折れる。
北海道の農家ははちゃめちゃだ。

いやもちろん全部が全部そうではないでしょうが。
ただ、それが真実かどうか確かめるべく、北海道に行きたいなと私は思う。
ほんと、いや別に、おいしいもの食べたいとかそういうのではなく、ね。いやほんと。食べるけど…。

百姓貴族/荒川弘 新書館