好物は他人の不幸話。不謹慎ヒロインによる明るい学園コメディ『黒森さんの好きなこと』

レビュー

1948年に創業した出版社「ぶんか社」。TVドラマがスマッシュヒットを記録した『義母と娘のブルース』の原作漫画の発行元でもある。

ぶんか社が毎月発行している漫画雑誌に、「本当にあった笑える話」(通称「ほんわら」)シリーズがある。読者から投稿された体験談・目撃談をコミカルに漫画化しているのだが、掲載されるネタは「楽しくて笑える」ものだけではない。むしろ、浮気、借金、芸能人のゴシップなどのエピソードも多かったりする。

今回は、そんな「ほんわら」をいかにも愛読していそうなヒロインを紹介したい。他人の不幸が何よりも好きという、『黒森さんの好きなこと』の黒森冥(くろもり・めい)だ。

黒森さんの好きなこと
©テンヤ/ぶんか社

人の不幸は蜜の味

髪はボサボサで、顔色は悪く、目は虚ろで、ボソボソと呪いの言葉を呟くように話す。黒森さんは、見るからに陰キャ体質の女子高生。

人を見かけで判断してはいけないというが、黒森さんの中身はさらにどす黒い。好きな言葉は「人の不幸は蜜の味」。憧れの職業は占い師(座っているだけで不幸話が聞けるから)。好きな季節は春(花粉症に苦しむ人たちが見られるから)。

そんな黒森さんは、クラスメイトの田沼幸(たぬま・さち)と友達になった。今どきバナナの皮に滑って転んだり、縁日で買ったたこ焼きにたこが入っていなかったり、名前とは裏腹に災難を引き寄せる体質。幸が不幸な目に遭えば遭うほど、黒森さんの心は幸せで満たされる。

ネガティブ女子とポジティブ男子のラブコメ要素も

なんて性格が悪い主人公なんだ、と思う人もいるかもしれない。だが、黒森さん自身が悪事を働くことはない。あくまで遠巻きに眺めてニヤニヤしているだけ。

その証拠に、黒森さんの弟たちが幸にいたずらをしたときは、姉らしくぴしゃりと叱りつけている。ただし、自然な不幸じゃないと面白くないからという理由で。

幸の傘が男子生徒に持ち去られたときは、勇敢に取り返そうとしたことも。これも、幸の傘を使うと不幸になるぞと脅迫してではあるが、黒森さんには彼女なりの信念があるのだろう。

そんな黒森さんの天敵といえる人物が、「微笑みの王子」こと宇財弥朗(うざい・やろう)。ポジティブな性格で、いつも明るい笑顔を振りまく好青年だ。しかし、キラキラと眩しすぎて(物理的に)誰も彼と目を合わせてくれないという、少し可哀想なキャラクターでもある。

近づいてきた宇財に対し、黒森さんは「話しかけないで」とメンチを切る。そう、負のエネルギーの塊である黒森さんだけが、宇財を正面から見ることができるのだ。落ち込むどころか、目を合わせてくれたことに感激し、黒森さんに積極的にアプローチを仕掛けるようになる宇財。

宇財を最初は鬱陶しく思っていたものの、その性格ゆえに男子と付き合った経験がなかった黒森さんは、素直な好意を寄せてくる彼への印象を少しずつ変えていって……。物語の後半は、ふたりの甘酸っぱいやりとりが中心となる。

ある意味、誰よりも優しい女の子。それが黒森さん

「好きの反対は無関心」という言葉がある。何もしなくても不幸を引き寄せてしまう幸と、眩しすぎて誰も目を合わせてくれない宇財は、周囲の人に避けられがちという共通点を持つ。元来明るい性格のふたりにとって、誰かに無視されるのは何よりも辛いことだ。

そんなふたりにも、黒森さんだけは普通に接している。幸の不幸体質を「個性」だと肯定し、宇財を正面から見つめて「嫌い」と自分の感情をまっすぐぶつける。

黒森さんは、自分の性格がひねくれているのを自覚している。だからこそ、他者の不幸――欠点を敏感に察知し、ありのままに受け入れることができるのかもしれない。ある意味、誰よりも純粋で、優しい女の子なのではないだろうか。

不幸、不謹慎という際どいネタを扱いながら、読後感は悪くないどころかむしろすっきりしている『黒森さんの好きなこと』。ぜひ読んで、笑って、楽しい気持ちになってほしい。もっとも、読者が幸せになることを黒森さんは望んでいないと思うが……。

黒森さんの好きなこと/テンヤ ぶんか社