殺し屋×娼夫の純愛。絶版から見事復活を果たしたアングラBL『イトウさん』シリーズを知っていますか?

レビュー

イトウさん
©冥花すゐ/茜新社

どんなに欲しくても今ではなかなか手にすることのできない絶版本。今回ご紹介する『イトウさん』もまた惜しまれつつもその道をたどりましたが、電子書籍化して見事復活を果たした作品です。心を失くした殺し屋・イトウさんと娼夫・キョウスケによる物語は、危険な香り漂う純度高めのラブストーリー。悲壮感が増せば増すほど、孤独に生きて来た二人が巡り会い、暗闇から抜け出し希望を見つけるラストに涙します。

火曜の夜にやってくる謎の男イトウさんとは…?

この作品のタイトルでもある『イトウさん』とはこの男。毎週火曜の夜、娼夫・キョウスケのもとを訪れ、とりとめのない会話を楽しんで帰っていく謎の男です。

静かな笑みを浮かべる端正な顔立ちに紳士的な立ち振舞い、強いて言えばネクタイのセンスの癖が強いというのが特徴的な彼の正体は、凄腕の殺し屋。

幼い頃から組織の下で暗殺者になるための教育を徹底的に施された彼は、人間らしい感情を一切持たず、コードネーム”I”としてさまざまな任務をこなしてきました。

その際、守るべきルールは二つ。それは命令に忠実に従い殺すこと、そして命令を遂行できなかったときは死ぬこと。

自身すらも機械のようだと評するその生き方は、偶然出会った娼夫のキョウスケに“イトウ”という名前をもらって何かが変わっていきます。

任務以外でも足を運び、キョウスケの気持ちをもっと知りたいと思い始め、ある時は「自分の好きなことをしてほしい」と言いながら、大量の札束が入ったアタッシュケースを突然差し出し…。

必要以上に自分を思ってくれるイトウさんに対して、キョウスケもまた客以上の感情を抱くようになりますが、裏社会の闇はどこまでも深かった。殺し屋のルールを破ったことで組織から追われ、二人は命を狙われることに…。

暗闇に光差す二人の純愛

BLといえば萌え大爆発の甘々展開が多いイメージですが、この『イトウさん』には思わず胸キュンしてしまうような甘酸っぱいシーンはほとんどなく、退廃的でダークな雰囲気漂う冥花すゐ(くらかすい)先生のタッチによって、裏社会で壮絶に生きる二人の姿が描かれています。親に売られた幼いキョウスケが、小児性愛者に暴行されるなどの過激な描写もあるだけに、どうしようもない絶望感や悲壮感を味わう方もいるかもしれません。

しかし読み進めていくうちに断片的に描かれていたお互いの過去が徐々に繋がっていき、二人の純粋すぎる恋心に触れ、殺していた感情を取り戻していく物語にきっと胸が熱くなるはずです。

組織に追われながら逃避行を続ける中、ほんのわずかな安息の時間に幸せを噛みしめるシーンなんてもの凄く切なくてね…。明日は生きているか死んでいるのか分からない、そんな状況でさえもどこか楽しむように笑い合っていて。

絶版となってしまった1巻だけでも話自体は完結していますが、コードネーム”I”の誕生秘話、二人の出会いが明かされる2巻目でさらに感動のラストが待っていますので、ぜひとも2冊通しで読んでいただきたいです。

暴力とセックス、金と権力。数えきれないほどの欲望に翻弄され、孤独に生きてきた二人が欲しかったものはたった一つ、好きな人のそばにいたいというささやかな願いだけ。情け容赦のない暗闇に光差す二人の純愛があまりにも眩しくて眩しくて、何度読み返しても自然と涙が溢れてきます。

イトウさん/冥花すゐ 茜新社