朝の通勤で読むならこれ!な、ショートストーリーズ『カフェでカフィを』

レビュー

はじめてこの漫画を書店で発見した時、萩尾望都先生のエッセイ『思い出を切りぬくとき』(河出書房新社)の中にある「ホットコーヒーの話」を思い出した。
 
それは萩尾先生が学生時代に喫茶店でアルバイトをしていた時、外国人のお客さんに「カフィ」と注文され、「コーヒー」を「カフィ」と発音することを初めて目の当たりにし戸惑ったというお話だ。

たしかに日本人の「コーヒー」という発音は、英語圏では伝わらないんだろうなと思う。逆に「カフィ」と言われれば馴染みのない言葉にクエスチョンで聞き返してしまいそうだ。
 
「カフェでコーヒーを」なんて言ってしまえばなんでもないことを、『カフェでカフィを』と言って違和感を覚えさせる。この作品の作者はヨコイエミというイラストレーターで、彼女はそうしたちょっとしたひっかかりを読者に感じさせることが上手な漫画家だ。
 

カフェでカフィを
©ヨコイエミ/集英社クリエイティブ
 

いろいろな角度から読み解く短編集。

 
この作品の1巻は全16話で構成されているオムニバスストーリーだ。
 
1話あたり10ページ前後で読むのに時間を要さないため、朝の通勤の隙間時間に読むのにもってこいである。
 
10分程度の通勤時間なら1冊通して読み切ってしまうのをお勧めする。
 
10分以上なら、ぜひ何度も読み返してほしい。というか、読み返したくなると思う。
 
カフェの客をそれぞれの視点で描いたり、話と話をまたいで登場人物たちが親子関係だったりと、物語がいたるところでつながっているからだ。
 
例えば、この作品の中でよく出てくるカフェの一つに「ヤマダカフェ」がある。
 
第1話の主役はあるきっかけで孤独を感じた女性。
 

 
ヤマダカフェで一人コーヒーを飲んでいた彼女は、おひとりさまが多いことに気づく。
 

 
そのうちの一人の男性が辺りをキョロキョロ見回すのを見て、「初めて入ったお店だから落ち着かなさそう」という感想を抱く。
 
第2話では同じく舞台はヤマダカフェ。主役は妻に先立たれたおじいさんだ。彼は同じくキョロキョロする男性を見て「女性ばかりのお店に男のひとり客は心細いのだろう」と思う。
 

 

 
つい”男一人でおしゃれカフェに入ってしまった”同士だと思い、彼を勇気付けるためにアピールするも彼には不審がられる。
 
第3話ではようやくその男性が主役だ。実は、彼は自分がつけている家計簿に心当たりのないヤマダカフェの記録があり、それを確認するためにヤマダカフェに行ったのだった。
 

 

 
来てみてもやっぱり覚えがない。なのに知らないおじいさんから微笑みかけられる。
 
自分に記憶障害があるのではないかと彼は不安をよぎらす。
 

 
このあと「ああ、なるほど!」と思わせるストーリー展開となるのだが、これは本書で確認してほしい。
 
おひとりさまの女性はおひとりさまで初めてだから不安なのだと思い、おじいさんは女性だらけのカフェに入る男性だから不安なのだと思う。実際には彼はカフェに入ることが不安なのではなく、そのカフェを覚えていない自分に不安を感じているのに。自分の境遇から他人の状況を推測してしまうところが面白い。
 
人にはそれぞれストーリーがある。この作品では主観と客観を繰り返し、読者の視野を広げてくれるのだ。
 
そしてこの1~3話のように、物語の節々に登場する”他人”が思わぬところで主役になったり重要人物になったりするから、「この人、気になる」と思ったことを覚えておくとより楽しく読むことができる。
 

イラストレーターの観察眼。

 
ヨコイエミ先生はイラストレーターでもある。
 
イラスト一コマ一コマの描写が細かく、観察眼が鋭いなと思う。
 
まずこのおじさんたちのうたた寝姿。一番左のおじさんは特に、病院の待合室や駅のホームで見たことがある気がする。座った姿のまま眠る真面目なおじいさん、ひっそりうつ伏せて寝る静かなおじいさん、豪快に口を開けて寝るおしゃべりなおじいさん。3人の寝方がそれぞれの性格にも合っているから驚きだ。
 

 
次にファミレスでだべる女性2人。ドリンクバー3杯目の彼女たちのレシートには「新規」の文字。1行しか書かれていないことから、入店からなにも食べず、ドリンクバーだけで会話に夢中になっていることがわかる。
 

 
そしてこの男性。
 

 
奥さんの入浴中に彼がコーヒーを持ち込み、お風呂でコーヒーとアイスをたのしむお話。お互い裸でも気にしないし、それぞれの好きなものは熟知している。
 
彼女「このへんスネ毛生えてないね」
 
彼「若い頃はもっと濃かった気がする」
 
彼女「スネ毛?うすくなったりするものなの?」
 
彼「腕毛そってる?」
 
彼女「さぼってる」
 
こういうやりとりにきっと付き合いが長いんだな、と思う。そして彼のお腹を見たときにすごいな、と思った。スマートに見えてウエスト周りがぷにゅっとなっている。若くないことを描写したリアルさだ。落ち着いた夫婦の、豪華じゃないけど特別な時間を見事に描いている。
 
表紙には登場人物たちが散りばめられている。
 
それぞれの視点に視野を広げ、細かな描写たちにたくさんの発見ができて頭がほぐされる。それでいてどれも後味の良い物語ばかりだから朝の仕事の前にぴったりだ。
 
読めばきっと、いつもより早く起きてコーヒーが飲みたくなることだろう。
 
 
カフェでカフィを/ヨコイエミ 集英社クリエイティブ