東村劇場炸裂っ!はちゃめちゃな父が愛おしい『ひまわりっ~健一レジェンド~』

レビュー

皆さんは自分の「父親」のこと、好きですか?

子どもの頃は大好きでよく話していた父親とも反抗期を迎える頃には会話も次第に減っていき、大人になって距離感が整っても、たまに些細なことから口喧嘩が始まったり…

とりわけ、女性にとって父親という存在は、うざったく疎ましい存在になることが多い気がします。(父親の皆さんごめんなさい)

しかし、なんとも愛らしく、憎めない父親がここにいます。

『ひまわりっ~健一レジェンド~』は、『東京タラレバ娘』や『海月姫』などヒット作を多く手がける東村アキコ先生本人の父・健一にフィーチャーした作品。

物語は著者が大学を卒業し、漫画家一本で食っていくために地元・宮崎県から上京するまでの期間を描いたほぼノンフィクションの話となっている。

ひまわりっ ~健一レジェンド~
©東村アキコ/講談社

はちゃめちゃな天然、先の読めない男・健一

物語の大半は、かつて漫画家として活躍する前に著者が働いていた企業「南九州テレフォン」(架空の社名)を舞台に展開される。
教員採用試験に落ち、健一のいる企業で働くことになった著者。
少しピントのズレた父と娘のやりとりがとにかくおもしろい。

天然を絵に描いたような健一は、ケーキの箱を真横にしちゃったり。

「南国に行きたいから」という思いつきで自ら沖縄支店への転勤を志願してみたり。

取り上げたらキリのない健一の小ネタたち。

しかし、時に厳しい一面も。
例えば同僚に連れられて髪色を変えた著者に対して、こんな一言を投げかけていた。

厳しさは愛情の裏返し。
父親の言葉はつい、胸に残ってしまいがちですよね。

随所に散りばめられた1990-2000年代の懐かしさ

また、物語の本筋とはそれてしまうものの、作中には思わず懐かしいと感じてしまうアイテムや描写が至るところに散りばめられている。

今やリバイバルヒットしている「写ルンです」は、社内に現れると噂された幽霊を撮影するために著者が使っていた。

こちらは、キャリア(携帯会社)が違うと「絵文字が文字化けしてしまう現象」だ。
今の10代は間違いなくピンと来ない描写だろう。
これは芸が細かい……!(docomoのロゴも旧バージョンで懐かしい)

他にも懐かしい描写やパロディなどが、作品を読み進めていく中で多く登場するので探してみて欲しい。時代の流れを感じられる著者の表現力に脱帽だ。

きっと「あの頃」を思い出す

漫画家を目指す上で、筆者が上京に迷う一連の流れも描かれている。
人生のターニングポイントとも言えるシーンだ。

こちらは渋谷での一幕。
地方から上京した20代30代には共感できる場面なのではないだろうか。

そんな娘の人生と、それを見つめる父親の愛が全13巻の中で目まぐるしく展開するストーリー。

父親のおちゃめで愛おしいエピソードで笑いつつ、自分の過去を思い出し少ししんみりしてしまった。

「東村作品にこんな傑作があったとは……」という読後感にきっと包まれるはずだ。

自分の人生の節目で父親がどんな言葉をかけてくれたのか、たまに立ち止まって思い出してみるのもいいだろう。

ひまわりっ ~健一レジェンド~/東村アキコ 講談社