漫画がもっと好きになる。『金魚屋古書店』が誘う、愛に包まれた「まんがばか」道

レビュー

懐かしい漫画と愉快な仲間が集う、とある古本屋の物語

いつ誰が最初に言い出したのか、「“漫画家漫画”にハズレなし」という、漫画好きの間でなんとなく共有されている感覚がある。
そういう言い回しが定着するくらいに「漫画家」が主人公の漫画は多く描かれているということだが、一方で実在の「漫画作品」そのものが登場する漫画は、エッセイや自伝的なものを除くとごく少ないのではないかと思う。
今回取り上げる『金魚屋古書店』シリーズは、そんな珍しい、「漫画家漫画」ならぬ「漫画の漫画」だ。

金魚屋古書店出納帳
©芳崎せいむ/小学館
金魚屋古書店
©芳崎せいむ/小学館

『金魚屋古書店出納帳』は2000~2002年に「ヤングキングアワーズ増刊」各誌(少年画報社)で、続く『金魚屋古書店』は2004~2014年に「月刊IKKI」(小学館)で連載された作品。

「金魚屋古書店」とは、ある郊外の街の川べりに建つ、新刊で流通していない古漫画専門の古書店。祖父に代わって店長代理を務める鏑木菜月(かぶらぎ・なつき)と、菜月への恋心と漫画への愛の狭間で揺れ動く「金魚屋」の居候、斯波尚顕(しば・なおあき)。
加えて、凄腕セドリ(安値で仕入れた古書を他店で売って利ざやを稼ぐ人)のオカドメ&あゆ、二宮金次郎ばりにいつも本(漫画)を読んでいることに由来するあだ名を持つ漫画好きの女子大生・キンコなど、「金魚屋」には個性豊かな常連客が集まる。

彼らレギュラー~準レギュラーキャラたちの身に起こる出来事や、さまざまなきっかけで「金魚屋」を訪れる人々のドラマが1話~数話のエピソードで、実在の漫画作品や漫画雑誌を絡めて展開されていく。

「漫画」が、「漫画が好きな人」が好き。大きく柔らかく普遍的な愛情

「金魚屋」の常連客ら、本作のレギュラーキャラ陣の多くは筋金入りの「まんがばか」。もっとわかりやすい言い方をするなら「漫画マニア」だ。
現役で連載されている「今」の漫画ももちろん彼らは愛しているが、一方では「赤本」(手塚治虫らが初期に作品を発表していた、戦後すぐの粗悪な紙で作られた単行本)、「貸本」(さいとう・たかをらが活動の舞台とした、貸本屋のみで流通した漫画本)、新書判コミックスの最初期の人気レーベル「サンコミックス」「虫コミックス」、さらには戦前の作品など、現在では入手困難な漫画に対して熱い思いを傾ける。

古漫画専門の古書店に集まる人々という設定であればこそだが、そうした彼らの情熱そのものに深く共感できる人は、あまり多くはないかもしれない。
では、この作品はそうした「漫画マニア」だけに向けて描かれたものだったのかというと、決してそうではないことは、コミックス1巻分を通読すればすぐにわかる。
本作では、そうした希少な漫画本をめぐるエピソードと同じ温度で、“「普通の人」と漫画”の物語もたくさん綴られているからだ。

同窓会で、学生の頃に熱中した漫画について語り合う中年男性たち。少女漫画の中の「憧れの彼」の思い出で盛り上がる女性たち。『タッチ』を毎日1巻ずつ貸し借りしあう高校生男女の青春。
それらが、かなりマニアックな古漫画にまつわるストーリーと並列に語られる。
今やなかなか手の届かない稀覯本でも、同級生みんなが読んでいた大人気作品でも、『金魚屋』では等しく尊ばれるのだ。

そこにあるのは「漫画」と「漫画が好きな人」を、まるごとふわっと包み込むような柔らかな愛情であり、この「ひとつの文化をまるごと包み込む愛情」は、たとえば漫画に限らず、たとえば映画でも、スポーツでも、音楽でも…誰もが、自分が親しみを感じられるものに置き換えて考えることができるものではないだろうか。
家族や友人、恋人との関係や進路に迷っては漫画や、周囲の「まんがばか」たちにヒントをもらって壁を越えていく「金魚屋」の仲間たちの物語が普遍的なものであるように、この作品全体を覆う感覚も、きっと多くの人が理解できるものであると思う。

孤独な漫画好きの10代には、「金魚屋」は夢の空間だった

18歳で初めてこの作品を読んだ頃、周囲に漫画の話で盛り上がれる友人などいなかった筆者は、「金魚屋」の存在と、そこに集う人々をひどくうらやましく思った。どちらかといえば孤独な「漫画マニア」といって良さそうな立場だった自分には、「共通言語」を持つ仲間同士で語り合える彼らが眩しく見えて、こんな世界は夢物語だ、ファンタジーだ…と思っていたのを覚えている。
SNSの普及により、全国、いや、その気になれば世界中の同好の士と語り合い、マニアックな話題で喜び合うことが難しくなくなった今は、あの感覚を懐かしく感じたりもする。

そして、自分語りついでにもう一つ。昔の少女漫画を愛する「金魚屋」の常連客・笹山が、漫画についての文章を書くことを仕事にしたいと思うようになり、「金魚屋」の仲間に相談するエピソードがある。筆者はこのエピソードを就職したばかりの頃に読み、「ああ、これ私だなあ」と思った記憶がある。当時はまったく別の仕事に就いていたが、漠然と「漫画に関する文章を書く仕事がしてみたい」と考えていた時だった。
それから10年ほど経って、今こうして時々、漫画のレビューを書いたりするようになったが、その間ずっと、『金魚屋』の存在が自分の頭の片隅にあったのだろうなと思ったりする。
そんなふうに、『金魚屋』は、ある漫画好きの大学生が一人の風変わりな社会人になるまでの間に、そっと寄り添ってくれた漫画でもある。

金魚屋古書店出納帳/芳崎せいむ 小学館
金魚屋古書店/芳崎せいむ 小学館