それは果たして恋愛か?『窮鼠はチーズの夢を見る』に読む、男と女の形

レビュー

多彩な水城ワールドの一角。愛と性を激しく描いた名シリーズ

月9ドラマ化された『失恋ショコラティエ』で一躍有名になった水城せとな。
実写映画化作品『脳内ポイズンベリー』、幻想的なドラマ『放課後保健室』『黒薔薇アリス』、「イブニング」(講談社)にて連載中の最新作『世界で一番、俺が○○』など、代表作と呼べる作品を多数持つ彼女だが、個人的に現時点でのお気に入りを一つだけ挙げるとこの作品――『窮鼠はチーズの夢を見る』シリーズになる。

窮鼠はチーズの夢を見る
©水城せとな/小学館
俎上の鯉は二度跳ねる
©水城せとな/小学館

『窮鼠はチーズの夢を見る』は、かつて小学館から発行されていたレディースコミック誌「Nighty Judy」に掲載されたシリーズ。「キッシング・グーラミー」「楽園の蛇」「黒猫の冷えた指先」表題作「窮鼠はチーズの夢を見る」の4編+番外編的な掌編で構成されている。
『俎上の鯉は二度跳ねる』は『窮鼠は~』の続編として、同様に断続的に発表された3編+掌編1編をまとめた作品だ。

主人公は優柔不断で流されやすいアラサーのサラリーマン、大伴恭一(おおとも・きょういち)。25歳で結婚して、大きな不満もなく日々をなんとなく過ごしていた彼の前に、学生時代からずっと恭一に片想いしていたサークルの後輩・今ヶ瀬 渉(いまがせ・わたる)が調査会社の調査員として現れたのが、物語の始まりだ。

ゲイとノンケとふたりの女。描かれるのは激しい「恋愛」の物語

今ヶ瀬は恭一の妻から、恭一の浮気調査の依頼を受けていた。
女性のアプローチを拒めない“流され侍”恭一には浮気の事実があり、それを妻に隠すための条件として、今ヶ瀬は恭一に身体を――といってもあくまでも「(まずは)キスだけ」ではあるが――を求め、恭一は応じた。
今ヶ瀬の激しい想いを知り、それに直接触れることで、漫然と過ごしてきた恭一に生じた初めての大きな戸惑いが、全編を通じて描かれていく。

ストレートの男性である恭一とゲイである今ヶ瀬の間の激しい恋愛感情を描いたこのシリーズは、しかし「BL」にカテゴライズするには違和感のある作品だ。
それは物語構成や演出による部分もあるが、一番大きいのは作中で重要な役割を果たす女性キャラクターの存在だと思う。
『窮鼠は~』で登場する恭一の学生時代の彼女・夏生(なつき)と『俎上の~』で登場する恭一の部下・たまきは、それぞれタイプは全く異なるが、どちらも女性から見ても魅力的な女性として描かれる。(人によってはちょっとどうなのか、と思ってしまう部分は、周りの人物の言動でしっかりフォローされていたりもする)

   

本作がBL誌ではなく、一般の女性向け媒体で発表されたことにもよるのかもしれないが、魅力的な、感情移入/応援したくなる、血の通った人間として彼女らが役割を演じていることで、いわゆるBLよりも現実的な、生々しい「恋愛」の物語を感じられるのだ。
(もちろん一口に「BL」と言っても多種多様な作品があることはわかっているつもりだが、「恋愛」という物語に絡む立場として女性キャラクターが魅力的に描かれている作品は、相対的に多くはないと思う)

BL読みも、OL民も、そうでなくても。映画公開前にぜひ読んでおきましょう

旧版の『窮鼠はチーズの夢を見る』が発売された当時、筆者はアルバイトとして書店のレジカウンターにいたのだが、まさしく飛ぶように売れていくのを日々眺めていたのを覚えている。それは明らかに、BLジャンルの熱心な読者以外の層にも届いている感覚があった。
(やはり、コミックスがBLレーベルでの発売でなかったことにもよるのかもしれない)

ストレートの男性がゲイの男性から迫られ、揺れ動いてしまうというストーリー。
BL専門ではない一般媒体で発表され、BLファン以外の層にも受け入れられたという経緯。
これって、つい最近のある作品を連想させないだろうか?

昨年大ヒットしたTVドラマ『おっさんずラブ』を見た時、筆者は真っ先に『窮鼠は~』シリーズを連想した。『おっさんずラブ』はあくまでラブコメであり、また近年のLGBTQ議論やBLジャンル自体の隆盛を背景に生まれた作品ではあるが、作品が持つメッセージとしては近い要素もあると思う。
(ちなみに「BE・LOVE」(講談社)で連載中の『おっさんずラブ』コミカライズ版(漫画:山中梅鉢)も、キュートで楽しい作品になっておりオススメです)
OL民のみなさんにも、もし未読であればぜひ読んでみてほしい作品だ。

レディコミ誌発表作品であった『窮鼠は~』は特に、性描写がちょっと多めなので戸惑う人もいるかもしれないが、そのために読まずにおくにはもったいない重厚な物語は、自信を持って万人におすすめできる。
含蓄のあるセリフやモノローグには、ドキッとさせられることも多い。

   


 

BL読者、BLに抵抗のない漫画読者の間では著名な作品ではあるが、世に出たのが10以上年前ということもあり、今一度、多くの人にこの作品を広めたい…!と思い、本レビューを書くことにしたのだが、タイトル選定後に、なんと実写映画化が発表された。
なんだかちょっと悔しいような気もしつつ、映画のほうも楽しみに待ちたいと思う。

窮鼠はチーズの夢を見る/水城せとな 小学館

俎上の鯉は二度跳ねる/水城せとな 小学館