セックスレス・不倫・人生崩壊……『ただ離婚してないだけ』の玉ヒュンっぷりがすごい

レビュー

渡辺ペコ先生の『1122』や、ハルノ晴先生の『あなたがしてくれなくても』のように、セックスレスをきっかけとした夫婦のすれ違いや葛藤を描く漫画が増えている。

本田優貴先生による『ただ離婚してないだけ』も冷めきった夫婦が主人公の作品だ。

ただ離婚してないだけ
©本田優貴/白泉社(ヤングアニマル)

夫婦関係は割り切りが大切?『ただ離婚してないだけ』

これは、どこにでもいる(のかもしれない)、ありふれた夫婦の話。

夫の正隆、妻の雪映は結婚7年目の夫婦。毎日食卓を共にするも、会話らしい会話が一切ない。とある出来事からふたりは『ただ離婚してないだけ』の冷めた関係なのだ。

もちろん、セックスもここ数年全くしていない。

冷めた夫婦だと割り切って、仕事もそこそこ割り切って、向上のない生活を続ける正隆。「こんなもんか」と思いつつ、それでもやっぱりストレスは溜まるわけで。

じゃあ、溜まったストレスはどこで発散するかといえば……。

不倫なのである。

正隆は、日頃の鬱憤を晴らすように、新聞配達に来たことで出会った17歳のフリーター、萌と不倫関係を続けていたのだ。

しかも、妻の雪映は気づいている。まあ、隠し方が荒いから当然と言えば当然なのだが。

「割り切ること」を口癖に、冷めた夫婦関係の継続と不倫行為を続けてきた彼の生活は、ある日の夜から一変してしまう。

萌が、正隆の子どもを妊娠したというのだ。

「駄目人間のクズ思考回路」から見える人のリアル

人間、トラブルをどう解決するかで真価が発揮されることもあるだろう。それで言うと、この正隆、まーとにかく駄目人間なのだ。考えがクズ。

スペースオブ駄目人間ゴミクズうんち大ばか野郎THEファイナル。

不倫相手の萌から旅行へ誘われた際「俺らってそんなんちゃうやろ」と固辞したうえ、「セックスするのに旅行だと時間も金もかかる」と悩んだり。

不倫に感づいている雪映からの棘に「バレてるとしても干渉しないルールだろ!」と珍妙な逆ギレをかましていたり。

そもそも萌とは正隆と雪映の家でヤってるので、ワンダフルアウトなんだけどな〜。

家計から不自然に抜き出されるお金を問い詰める雪映に、聞き苦しい反論ではぐらかす正隆。大声を出さないことに安堵して、問題を先送りにするところとかも、何というか、もう……。

ただ、「クズ〜!!」とツッコミどころ満載だとはいえ、これって結構リアルな思考回路なんじゃないか。他者の激怒を回避してホッとするなんて、誰しも経験があるはず……。
独白が可視化される漫画の世界だから正隆の本音がわかるだけで。やらかしたことの規模がデカいからその本音のクズさが際立つだけで……。

萌やその子ども、妻への贖罪はゼロで、堕胎費用の工面にゲンナリするシーンとか、読んでいて怖くなる。自分の好きな人がトラブル時にこういう思考回路だったら倒れそうになるな〜。

「割り切る=逃げ」のスタイルを突き通すと……

そんなこんなで、自分がしてしまったことに対する全てを「面倒臭い」と他人のせいにして、顧みようとしない正隆。彼が頻繁に発言する「割り切れよ」は彼にとって嫌なものから逃げ出すための魔法の言葉だったわけだ。

病院で子どもを堕ろした当日の別れ際。引き止めきれずにまごつく萌に対するこのクソめんどくせ〜〜〜ってな顔。顔よ。

パっと手を振りほどいて、「いち抜けた」と逃げ出す正隆。

顔よ!!!

これは余談だけど、「そばにいてほしい」と言い出せない気持ちが、上着の布を少しだけ引っ張るという萌の行動に集約されてる感じとか、不器用で混沌とした感情の表現が先生すごく上手なんですよね……。

セフレなんだから割り切れ、と旅行の誘いを断られた時のこの表情とか。嫌われたくないから聞き分けのいいフリをする女の絶望感が滲み出てていい……。

さてさて、2chの修羅場まとめを煮詰めて凝縮させたかのような胸糞感ですが、まだまだ続きます。転落しはじめると一気なのです。

『ただ離婚してないだけ』の裏切り

『ただ離婚してないだけ』は、そのタイトルやストーリーからもわかるように、セックスレスや夫婦間の悩みが不倫へ繋がり、家族やパートナーについて考え直すことができる、残酷でリアルなヒューマンドラマ。

……。

……と読む前は思ってたんですよね〜〜!!!

これは皆さんにお伝えしたいんですが、なんと×が××の×××を××して、そのせいで×が××××××しまうんです。×に××××れたふたりは××××××××の×××で×××××××××うんですよ〜〜!!!!

ダッ、騙された。完全に騙された〜〜〜!!

人の心の深淵を覗くようなストーリーかと思いきや、深淵の方から読者を捕まえて闇に引き摺り込む、パワー系のやつだった。

安易な欲を満たすために選んだ性の消費が、人々を追い詰め、暴走させる恐怖感。過去に一度でも過ちを犯した人は、男女関わらず心のキ○タマがヒュンヒュンすることだろう。そこのあなたのことですよ。めちゃこわいやつですこれ。

『ただ離婚してないだけ』ではなく、絶対に離婚できなくなってしまった夫婦。なぜこんなことに? その真相は、ぜひその目で確かめてみてください。

ただ離婚してないだけ/本田優貴 白泉社(ヤングアニマル)