俺は島田開八段が好きだ!将棋漫画『3月のライオン』は熱くてかっこよくて恋しちゃう

レビュー

私が初めて将棋に触れたのは、小学1年生の夏休み。
近所の公民館で夏休みだけの将棋教室が開かれたので、それに参加した。
それから定期的に「自分の中だけの将棋ブーム」が起こる程度には、将棋が好きだ。
めちゃくそ弱いが。

今回は将棋をテーマに置いた漫画『3月のライオン』について書かせていただく。
アニメ、実写映画化もされたので、タイトルだけでも目にしたことがある方は多いだろう。
あらすじはこの後紹介させてもらう。『3月のライオン』を知らない方は、そこからなんとなく内容のイメージは湧いてくるはずだ。
いや、しかし、今回は物語についてではなく、登場人物の1人に全神経を注力して『3月のライオン』の魅力をお伝えしたい。タイトルで誰かは分かるかと思いますが。
ただちょっと長くなりそうなので、ここで一度、結論を言わせていただく。
『3月のライオン』はおっさんがかっこいい漫画である。

3月のライオン
©羽海野チカ/白泉社(ヤングアニマル)

主人公は15歳という若さで将棋のプロ棋士になった、桐山零。
幼い頃に両親と妹を事故で亡くし、父親の友人だった棋士、幸田に引き取られることに。

幸田家では家族の一員として扱われるが「自分は天涯孤独の身」という意識もあっただろう、将棋に没頭し続けるしかない日々を過ごす。そして、幸田の実子たちとの関係が上手くいかないこともあり、成長した零は六月町という街で一人暮らしを始める。

特に1〜3巻では、どこか暗く、寂しそうな表情を見せる零。
しかし、何かと自分を気にかけてくれる川本家の三姉妹とその祖父、通っている高校の先生、先輩、そして棋士仲間たちと関わり合いながら、少しずつ成長していく。
至極簡単に、ではあるが、これが『3月のライオン』のあらすじである。

ちなみに将棋を知らなくても全然読めます。
将棋一辺倒な内容ではなく、人間ドラマが際立っている印象。
子供でも分かりやすい将棋ルールの説明回があるので、そこは小さなお子さんにもオススメしたい。
いじめ問題に切り込む社会派な面もあるし、恋愛要素もあるし、親子関係のゴタゴタもあるし。
重厚だ。分厚い。零くんの人生分厚い。
シーン毎、どれにもこれにも気持ちがめり込んでしまう。熱量の高い作品と言える。

さて「熱量の高い作品」と書いてみた。

作者である羽海野チカの代表作と言えば『3月のライオン』と並んで『ハチミツとクローバー』が挙げられる。
アニメ化、ドラマ化、実写映画化も人気作なので、これもまた知っている方は多いだろう。

ハチミツとクローバー
©羽海野チカ/白泉社

『ハチミツとクローバー』は少女漫画である。
線のやわらかいタッチがかわいらしく、色彩表現も淡く優しい。人間関係、恋愛模様を主にしたストーリーなので(それで断定するのはどうかと思うが)まさに少女漫画らしい作品とも言える。

その作者が描いた『3月のライオン』。
絵の雰囲気はそのままなので、読んだことない人からすると『ハチミツとクローバー』と似たような少女漫画風を想像しているかもしれないが、全然違う。

3月のライオン
©羽海野チカ/白泉社(ヤングアニマル)

全然違う、というのは先に書いた「将棋一辺倒な内容ではなく」という部分にかかるのだが、いや待て、全然違うって言い方もおかしい気がする。
元々、羽海野チカが持つパワーというか…。思い返せば『ハチミツとクローバー』の時からこういう雰囲気あったな…というか…。

えらい濁した物言いになってしまったが、ここではっきりともう一度お伝えしたい。私が『3月のライオン』が好きな理由。
『3月のライオン』に出てくるおっさんが全員熱くてかっこいい。
もう一度言いますが、おっさんが!全員!熱くて!かっこいいのぉ!!

現状、将棋棋士の世界は圧倒的に男性の数が多い。
ということで必然的に、よく聞く「名人」や「竜王」というような将棋タイトル(作中では違うタイトル名で表記されているが)を冠する戦いに身を投じていく零の相手は、同年代、もしくは年上の男性棋士になる。

その棋士たち、誰しもが一癖二癖の持ち主で、気弱そうに見える零の背中越しにその光景を見ていると「この子、この世界でちゃんと生きていけるのかな…」と不安になる。いや零は零で、一癖二癖あるんですけどね。
そのおっさんたちの生き様、闘う姿がかっこいいのだ。いやおっさんだという年齢ではない人物もいるが、もう引っくるめてかっこいいから、おっさんがかっこいいと言わせてくれ。

さあ私が大好きなおっさんたちがたくさん登場する『3月のライオン』。
どうかっこいいのか?という話。今回はマイフェイバリットおっさん、タイトルにも登場させた島田開八段を掘り下げてみたい。

細身の長身、年の頃は30代半ば。
初見では正直言ってかっこよくは見えない容姿の、地味な印象の人物だ。

対戦することになった零いわく「掴み所のない将棋を指す」タイプの棋士で、それを聞くと「やっぱ地味だな…」と読んでいるこちらも思ってしまう。
しかしその実、めちゃくちゃ将棋が強い。

ざっくりと解説するが、プロ将棋のリーグ(順位戦)には階級があり、島田は初登場時点でトップリーグであるA級に5年在籍している。零は第一話の時点でC級。
これだけで実力差がある…という訳ではない。どんなに強くても最初はC級。勝ち星を重ねることで一段上のリーグへと行ける。
ただ、ここでとんでもないのが「A級に5年在籍している」という部分。

トップリーグであるA級に在籍できる人数は、タイトル保持者を除いての10名。
つまるところ「日本で将棋が強い人たち11人のうちの、1人」が島田なのだ。
運良くリーグを上がれたところで、実力がなければまた逆戻り。すぐに順位が下がってしまうところ。が、島田は5年間もその位置をキープし続けている。野球で例えるなら、5年連続で打率が3割を超えているプロ野球選手か。音楽なら、リリースしたシングルが5枚連続でヒットチャートトップ5入りか?いやうまい例えが見つからないが、それぐらい難しいことだ、ということです。

零と島田の対局結果はご自身で読んでいただくとして、それをきっかけに(島田の弟弟子で、自称零の親友である棋士、二海堂晴信の進言も理由の一つ)島田は零を自分の研究会へ誘う。

「研究会」というのはその名の通り、将棋についてみんなで研究しましょう、という集まりのこと。組織でもない、有志による勉強会みたいなものだ。
そして会へ出向いた零は、島田の将棋への熱量を体感する。

今まで島田が積み上げてきたものを一心で受け止める形になり、溺れるような感覚、衝撃。

最初は地味な印象だった。はっきり申し上げて「モブキャラかな?」とも思いました。
しかし上のシーンの辺りまで話を読み進めると、島田に対していつのまにか胸がトゥンクしている、自分がいました。
(島田さん…地味な見た目からの全てを見通しているかのような大人な風格、しかも鬼のような将棋の強さ…この胸の痛みは…恋…!?)
「やだ…かっこいい…!」右手を握って口元に当てて、眉は八の字で上目遣い。
鏡で見てはいけないポーズを私はしていた。

恋の行方は置いておくとして、私もそうだが、島田の人柄に触れて彼を応援している、という人物は作中にも登場する。

分かってらっしゃる。このおじさんも、零も分かってらっしゃる、うんうん。
故郷、山形県で応援してくれている人たちの期待も背負いつつ、闘い続ける島田。
「島田」と呼び捨てでこの記事を書くのが心苦しくなってきた。ここからは島田さんと呼ばせてくれ。

当の本人、島田さんは自分のことをこう評する。

「自分は努力している」というアピールではない。「自分は努力をしないといけない人間だ」と言う。
何を差し置いてでもタイトルが欲しい、そういう気持ちを抱えている。そのためには例えば女性のこととか、そういうのは後回しになってしまう。そのことへの罪悪感はありつつ、でも将棋を諦められない。自身でその自分の胸の奥にある感情を「妄執」と呼んだが、確かに彼の物語を追っていると、それに近いものを感じる。

島田さんは胃痛持ちで、ここ一番という対局のたび、苦しそうな表情を見せる。
しかしそれでも、上を目指して立ち向かう姿。
『3月のライオン』は「熱量の高い作品」だ、と私が言ったことを覚えておいでだろうか。
そして「おっさんが熱くてかっこいい」とも言った。
それは島田さんのように、キャラクター1人1人に背負うものがあり、その思いを抱えて闘っているのがストーリーを通して伝わってきて、胸が熱くなる、ということ。
私もこういう熱い気持ち、持ち続けたい。そういう憧れが身体中に渦巻く。島田さんに恋してる場合じゃない。

もちろん島田さんだけじゃなく、主人公、零のことも応援したいし、他の棋士たちもかっこいいと思う。棋士以外のキャラクターたち、川本家のあかり、ひな、もも、そしておじいちゃんも好きだ。こうして好きなキャラの名前を列挙していくだけで日が暮れるから割愛させてもらうが、登場人物誰しもの中にある意志の強さ、熱さ。これは読んでみてこそ分かる感覚だろう。熱いんだぁ『3月のライオン』って。熱いんだよぉ。

この記事では島田さんに焦点を当ててみたが、何度も言うように他のキャラクターたちも良い。
なのでぜひ『3月のライオン』を読んで、あなたが共感できるキャラ、見つけてください。

最後に島田さんに憧れを持つ私が『3月のライオン』を読んで、いっちばん共感したシーンをご紹介してお別れです。

私が『3月のライオン』のキャラクターであれば、多分この場面に出演していると思う。

3月のライオン/羽海野チカ 白泉社(ヤングアニマル)