異端の名作!? 『魔人探偵脳噛ネウロ』は漫画を読む喜びに満ちている

レビュー

今を去ること13年前、ある漫画のコミックス1巻が発売になった。アニメ化や実写映画化もされた大ヒット作『暗殺教室』――の作者・松井優征の連載デビュー作、『魔人探偵脳噛ネウロ』だ。
 
当時、私は即座に3冊買い、うち1冊を常に持ち歩き、友人知人と会うたびにおもむろにカバンから取り出しては薦めまくる(あわよくば押し付ける)“ネウロ推し女”と化していた。
 

漫画を読みまくる人生を20年以上にわたって送っているが、あそこまでの情熱を駆り立てられた作品は少ない。
今回はこの場を借りて、いま一度、『ネウロ』の魅力を語らせていただきたいと思う。
 

魔人探偵脳噛ネウロ モノクロ版
©松井優征/集英社
 

毒気と狂気と笑いと…クセになる『ネウロ』の“画”の魅力

 
「脳噛」は「のうがみ」と読む。
脳噛ネウロは、『謎』を解いた時に放出されるエネルギーを食糧とする“魔人”
 
魔界の『謎』をすべて喰いつくした末に、さらなる『謎』を求めて地上=人間界へやってきた彼がたどり着いたのは、父を殺人事件で亡くした女子高生・桂木弥子のもとだった。
 
この事件を解決したことを皮切りに、ネウロは弥子を“女子高生探偵”に仕立て上げ、その陰でさまざまな事件の『謎』を解いていく。
 
…と、基本的な設定を文章にしてみても、あまりこの作品の良さは伝わらないかもしれない。
本作の第一の魅力は、漫画ならではの、“画”で見てこそ味わえるおもしろさなのだ。
 
本作は、「殺人事件を探偵役の主人公コンビが解決する」という、いわゆる「推理もの」に近い形式で始まっているが、普通の「推理もの」の枠内には収められない要素を多く含んでいる。
 
一例として、ネウロは“魔界777ツ能力(どうぐ)”という、いわば魔法アイテムを使って調査や推理を行う。この“能力”のビジュアルなどは、なかなかのインパクトを与えてくれる。
 


 
また、事件の犯人たちの“豹変”も本作の代表的な演出だ。
 
本作において、特に“豹変”を起こすような「犯人」たちの動機の多くは、極端に偏った独自の理論や哲学であり、思わず同情してしまいたくなる事情は持たない場合が多い(そして、だからこそ、物語全体のキーパーソンとなる何人かの「犯人」が背負う、ひとかたならぬ背景が、より際立っている)。
 
その異常な心理や思考が、みごとにデフォルメされた“画”で表現されるのだ。
 

 

 

 

 
ギャグすれすれの(時にガチのギャグも挟まれる。なにしろ、作者は『ボボボーボ・ボーボボ』の作者・澤井啓夫のアシスタント出身という経歴の持ち主だ)演出には、恐怖と笑いは紙一重の感情であることを実感させられる。
 

「パッと見がすごい」だけじゃない。読ませる重層的なテーマ

 
画によるインパクトが大きい作品だからといって、決して“出オチ”漫画ではない。
次に取り上げたいのは、幾重にも張り巡らされた作品のテーマ。
 
ドS魔人のネウロと探偵役の女子高生・弥子は、当初は頭脳と力で服従させる側・させられる側だった。
 
この2人の“SMミーツ「ドラえもんとのび太」+「江戸川コナンと毛利小五郎」”のような奇妙なバディ感もまた本作の面白い点なのだが、その関係性は、物語が進むにつれ徐々に変化する。
 

 
ネウロは弥子を通じて、下等な種族だと思っていた人間が、自分と異なり“進化”の可能性を秘める種であることを知り、“人間”そのものに強い関心を寄せるようになる。
 
弥子は、圧倒的な力の持ち主に見えた魔人ネウロにも弱点があることを知っていく。
 
弥子が、ネウロが、2人を取り巻く人物たちが、それぞれにいろいろなきっかけを経て“進化”していく。
 
そう、この作品の真のテーマは「進化の可能性」。一見毒々しい作風に見えるだけに、その「まっとうな少年漫画」感は、新鮮な驚きと爽快感をもたらしてくれる。
 
また、「『謎』を喰う」ネウロに対し、弥子にも「食べることが大好きで、細身のスタイルに似合わぬ大食い」という設定があり、この“食”も、本作に通底する1つのテーマといえる。
 
不思議な作品世界に読者が親しみを感じられる要素であると同時に、ネウロと弥子の共通点として、彼らが互いに対する理解を深めるきっかけにもなっているのだ。
 

 

 

積み上げられる大きな物語と、きちんと畳まれていく爽快感

 
「推理もの」の体裁で始まった物語は中盤以降、より大きな展開へとつながっていく。
 
最高潮まで上り詰めたストーリーが、張り巡らされた伏線を回収しながら、やがてきれいに終息していく過程は圧巻で、これぞエンタテインメントの醍醐味といった感がある。
 
全23巻という、少年漫画としては今や比較的コンパクトといえるボリュームで、これだけ多様な魅力が詰め込まれている漫画は、あまり類がないのではないだろうか。
 
以上のように、『ネウロ』は「漫画というエンタメのおもしろさ」が詰まった作品なのだ。
 
大人が読んでこそニヤリとできる要素も多い本作の掲載誌が「週刊少年ジャンプ」という、少年マンガ界のセンター中のセンターである雑誌だったことも重要で、「少年誌」という制約のもとに描かれているからこそ、「ちょっとヤバいものを読んでしまっているドキドキ感」もあると思う。
 
かつて、周囲に私の推薦を受けて『ネウロ』ファンになってくれた友人は、残念ながらいなかった。
 
このレビューが、新たにこの作品に触れて「!?」という体験をしてくれる人を1人でも増やすきっかけになることを願う。
 
 
魔人探偵脳噛ネウロ モノクロ版/松井優征 集英社