登山中に遭遇した猿が鉈を持って襲ってきたら、あなたはどうするだろうか? 『モンキーピーク』

レビュー

あなたは登山をしたことがあるだろうか? もはや観光名所と化している富士山には登ったことがあるかもしれないし、そこでは学生がサンダルとジャージで登っている光景を目にしたことがあるかもしれない(そして、それはとても危険な行為なのでやめましょうね。死ぬぞ)。

しかし、山は一枚岩ではない。つい最近のことだけれど、槍ヶ岳、八ヶ岳という「日本百名山」に選ばれたふたつの山で取材をする機会があって、登山というものを久しぶりに経験した。富士山のように常に見晴らしの良い場所を歩くわけではない。注意を怠ると遭難してしまう恐れがあるし、もちろんたくさんの自然生物にも遭遇するわけで、それが蜂だったり変な虫だったり、個体の猿やニホンザルの群れだったりする。つまり、山は「登る」こと以外にも、危険に満ちあふれている。

遭難者・死者の多さが世界の山で最も多く、ギネスブックにも登録されていることで有名な谷川岳。『モンキーピーク』に登場する藤ヶ谷製薬(架空の会社)は薬害事件により社会的制裁を受けて社長が交代。体育会系新社長の提案で、結束力を高めるために谷川岳に登るというレクリエーションを行うことになる。

モンキーピーク
©志名坂高次/粂田晃宏/日本文芸社

無理やり登山をさせられる社員からは小言が漏れるものの、「一致団結」を合言葉に、まるで昭和の会社のようなノリで山道を突き進む新社長。夜がきたので、社員一行は野営をすることになる。深夜、寝袋に包まれている最中、「キーキー」という鳴き声により獣の気配を察知した主人公・早乙女が、猿らしきものの襲来を感じた直後、静寂な夜の山に断末魔の声が響き渡る。それは猿か? あるいは別の獣なのか?

えっ、なにこいつ……。人間のおおよそ三倍ほどの体躯を持つ異形の猿が、鉈を持って歩いている。それを唖然として見る早乙女。一瞬目が合った後、異形の猿は夜の闇に消えた。周囲のざわつきに気づいた早乙女が他のテントに近づくと、そこには複数の社員の惨殺死体が。周りはパニック、ひとまず運営していない深夜の山小屋の前で火を焚き、翌朝には下山することに。今さら感が強いのだが、突然独白を始めた人事部長・長谷川によれば、この山には「猿投げ山の伝説」というものがあるという。

翌朝、下山を決意した藤ヶ谷製薬は、目的地である「矢ノ口」に向かって歩き続けるも、いっこうに辿り着かない。標識が書き換えられていることに気づいた早乙女は、先導しているグループに引き返せと叫ぶも、そこに再び猿襲来。手にしていた鉈で社員を惨殺していき、重症の人間まで殺してしまう始末、ここまでで死者は14人に。下山を諦め、山小屋に向かって救援を求めることを選択するも、それがそもそも猿の狙いだった……。という、なんとも理解不能でミステリアスな物語。

猿が鉈を持って人間を襲うというパニックホラーながら、猿がどう考えても「猿」と言われて想像できる猿ではないことと、個体もどんどん増えて、弓や槍という武器を使って襲い始めるとなれば、「登山中、猿には餌を渡すな」「目を合わせず立ち去れ」なんていう既存のマニュアルなんてまったくもって役に立つはずがない。

実は人間のなかに猿の結託者がいるだとか、猿の目的は藤ヶ谷製薬の社員を皆殺しだとか、話がどんどんミステリーの様相を深めていくことを踏まえて読めば、単なるホラー作品にとどまらない怪奇譚を楽しめるはず。
もちろん「鉈 猿 対応」でググって出てくるものは何もないので(実際に何も出てきませんでした)、もしあたなが登山中、鉈を持った猿を見かけた方は、その対処方をブログにでもご執筆願いたいものだ。後学のため。

モンキーピーク/志名坂高次 粂田晃宏 日本文芸社