アラサー女子はメンタルフルボッコ 最後の思春期マンガ『にこたま』

レビュー

『にこたま』を読んだアラサー女はもれなく全員倒れます。

いいですね、もう一度言いますよ?

『にこたま』を読んだアラサー女はもれなく全員倒れます。

にこたま
©渡辺ペコ/講談社

安穏とふたりの生活が続くはずだったのに……

あっちゃんは元新聞社の記者で、友人が経営するお弁当屋に務めている女性。
一緒に暮らすパートナーの晃平は弁理士として奮闘中、ふたりはかれこれ10年近い付き合い。

ビシバシものを言うけど彼氏思いでお茶目なあっちゃん、少し優柔不断なところはあるけど素直でやさしい晃平。周囲はどんどん結婚や子どもをつくっていくけれど、いまは何の不満はないし、結婚とか子どもとかは、まあ、おいおい……。

そんな安穏な日々は突然根底からグラグラと揺れだす。

晃平の上司、高野さんが妊娠したのだ。晃平との子どもを。

別に高野さんのことが好きなわけじゃない。酔った勢いだったのか、なんなのか。強いていうなら“なんとなく”?とくに語れるような理由もない、たった1回きりの行為で。

「責任とってよ!」「だれよこの女!?」的な典型的修羅なら話の収束が早かったのかもしれないが、高野さんは郷里に戻り、一人で生み育てるとシンママ宣言。

恋愛に関してこざっぱりしたところのあるあっちゃんは、そもそも結婚という契約もしていない私に怒る権利があるのか?と自問自答。

怒る怒らない以前に、そもそも一緒に暮らした歳月は、簡単に結論を出させてはくれないわけで……。かくして平和そのものだった生活は、平和なようでそれぞれの思いがモンモンとわだかまる宙ぶらりんの日々。

そんななか、とある出来事がふたりのの心を大きく揺らし……。

アラサーの心を破壊する激リアルな描写

はじめて読んだときはハタチそこそこの年齢だったので「晃平クソすぎる!」とか「あっちゃんもこんな男はよ捨てたらエエやんけ!」と息巻いていたが、30歳が見えてきた今だから、ふたりの年齢と同じくらいになったからこそ思える。

いやもう、超絶わかるわこの気持ち……。

子どもができたことをカミングアウトされた際、大声を上げるんじゃなく、そういう物言いは嫌がられるとわかっていながら淡々と詰めてしまうところとか。

ラブホのジャグジーのあわあわに揺られて他愛もない話でお互いの膿んだ傷口を見ないフリするところとか。

高野さんは高野さんで、ひとりで生み育てると決めたのに、いざ晃平から謝られると傷ついたりとか。

25歳を越えたあたりから、自分のなかにも、他人のなかにも小さな煙がくすぶるシーンを目の当たりにしてきたという人は多いのではないだろうか。

「何となく」程度で一線を越えられるような夜があること。
付き合う気もない相手でも人は意外と寝れるということ。
関係に波打つのが躊躇われて「付き合おう」も「別れよう」も言いだせないこと。
恋愛関係って何なんだろうなと自問自答すること……。

そんな黒い感情がどれだけ渦巻いていても、女子会ではそれを酒の肴にできちゃうところとか。

「アラサー殺しのマンガ」としては『東京タラレバ娘』が有名だが(あれも読んだら倒れる)、ギャグモードの少なさやキャラクターたちの独白を中心とした淡々とした描写があまりに生々しい。

『東京タラレバ娘』が大技連続のプロレスなら『にこたま』はラッシュのないボクシング。一見すると平気なように見えて、じつは足や腹部にジワジワとダメージが蓄積されていく。

くぉ〜〜〜〜!

「最後の思春期」「第三次性徴白書」と公式で表現されているこの作品。
まじで、まじでその通りすぎる。なまじ社会性を身につけてしまった年齢だからこそ、思春期のようなモヤモヤがより一層、複雑で面倒くさくて、愛おしい。

「好き」も「好きじゃない」もパートナーの意義も、相手の何を愛おしいと思うかの価値基基準もそれぞれ違う。

ああ、自分にとっての “人を好きになる”って、何なんだろうな。何なんだろうな。

模範解答がない問題だからこそ、『にこたま』を読んで何度も倒れながら、自分の答えを探していけたらいいな……それぞれのキャラクターが出した答えを咀嚼しながら、そう思ったのだった。

にこたま/渡辺ペコ 講談社