調味料はめんつゆだけでいい。ずぼら女子のお手軽グルメ漫画『めんつゆひとり飯』

レビュー

2018年の3月ごろ、Twitterで「料理にめんつゆを使う女とは付き合えない」と言う男の話が話題になった。

少なくとも自分は、そんなことを言っている男性は見たことも聞いたこともないが……。「料理にめんつゆを使う女性」ならひとり知っている。漫画の世界に。『めんつゆひとり飯』の主人公・面堂さんだ。

めんつゆひとり飯
©瀬戸口みづき/竹書房

めんどうくさがりな26歳独身OL・面堂さんは、めんつゆをフル活用した時短レシピを次々と披露していく。

和食はもちろん、チーズのめんつゆ漬けといった洋食から、照り焼きソースやみたらしのタレまでめんつゆ1本で作ってしまう。分量つきのレシピも掲載されているので、実際に真似してみるのも面白いだろう。

ただし、「めんつゆ」がテーマの時点でお察しの通り、この作品は本格的なグルメ漫画ではない。面堂さんたち登場人物が持つ食への妙なこだわりや、ハイセンスなセリフの数々こそが、本作の醍醐味といえる。

別にめんつゆが好きなわけではない面堂さん

まず、そもそも面堂さんは別にめんつゆが好きなわけではない。もちろん嫌いでもないが。

コンビニご飯や外食ばかりだと太るから、なるべく自炊をしたい。けれど、調理時間や洗い物はできるだけ少なくしたい。

めんつゆは、そんな面堂さんのために生まれた調味料なのかもしれない。和・洋・中を問わずあらゆる料理に使え、ドレッシングのようにそのままかけることだってできる。

そのため、メーカーや、鰹だし・昆布だしの違いなどのこだわりは一切ない。種類にこだわるような人はそもそもめんつゆを使わないというのが面堂さんの言い分。市販のめんつゆを使わず、自分で作ったほうがおいしいと正論を言われても気にしない。

当然、恋愛もめんどうなので彼氏はおらず、気楽なひとり暮らしを満喫中。無駄を徹底的に省きながらも、決して貧乏くささは感じさせずに生活の質を保つ。面堂さんは、クオリティ安定のめんつゆを擬人化したようなキャラクターだ。

面堂さんとは正反対の料理女子・十越さん

一方、面堂さんの同期の十越さんは、あらゆる点で面堂さんとは正反対の人物として描かれている。

几帳面で、料理上手で、既婚者。特に料理スキルは一般人のレベルを越えていて、めんつゆすら自作してしまうほど。たまに市販のめんつゆを使うときも、わざわざ椎茸とネギを入れてからひと煮立ちさせるなど、「簡単に使える」という利点を完全に無視している。

だが、「まじめ」という十越さんの長所は、同時に「手抜きができない」という短所でもある。そのため、料理も仕事も要領よくこなしてしまう面堂さんを、心の中ではうらやましく思っている。

心の中といえば、面堂さんの脳内には「心の十越さん」、十越さんの脳内には「心の面堂さん」がそれぞれ存在する。この見えない相手とのやりとりも、本作における重要なスパイスだ。

横着することばかり考え、めんつゆを使った茶色い料理しか作らない面堂さん。何をするにも全力投球なあまり、時として夫にも気を使わせてしまう十越さん。「心の十越さん(面堂さん)」は、そんなふたりの罪悪感が生んだ幻なのだろう。価値観はまったく違うが、基本的には似た者同士なのかもしれない。

一緒に行こうぜ めんつゆの向こう側へ

『めんつゆひとり飯』には、他にも個性的なキャラクターが数多く登場する。何を言っているのか分からない社長。炭水化物と脂質に命をかける男・保ヶ辺さん。その保ヶ辺さんに恋をしてしまい、本当は少食なのに無理して大食いのふりをしている舞ちゃん。

特に強烈なのが、保ヶ辺さんのキャラクター。「一緒に行こうぜ 糖質の向こう側へ」「ケンタッキーは酸素」など、彼のセリフはすべて名言といっても過言ではない。

昔は痩せていたらしいが、ある日「女がオレを裏切っても肉と油は常にオレを幸せにしてくれる」と悟りを開き、今の姿に。彼の身に一体何があったのだろうか。たしかに、肉と油は裏切らない(食べた分だけ脂肪になる)と思うけど……。

手軽に真似できるめんつゆ料理が紹介されたグルメ漫画。ずぼら女子とまじめ女子の対比が楽しいアラサー女子漫画。とにかくキャラとセリフがキレッキレなギャグ4コマ漫画。あらゆる漫画の人気ジャンルが、この1冊を読むだけで網羅できる。『めんつゆひとり飯』は、まさに漫画界の万能調味料だ。

めんつゆひとり飯/瀬戸口みづき 竹書房