食べる理由は好きな人を忘れるため!グルメ×コメディー漫画『忘却のサチコ』

レビュー

忘れたくても、忘れられないことがある。別れてしまった恋人のこと、過去にした恥ずかしい失敗、他人から言われた嫌な言葉。辛い記憶はやっかいだ。一度思い出してしまうと、なかなか頭から離れてくれない。さらには、気分を沈ませたりもする。乗り越えるためには、一体どうしたら……。
 
解決策は人それぞれ。阿部潤先生の『忘却のサチコ』では、主人公サチコが好きだった人を忘れるために、美味しいものを食べる。ひたすら食べる。といっても、やけ食いをするわけではない。“絶品を堪能する”という幸せな体験を通じて、辛い記憶を忘れ、一歩前へ進もうする。『忘却のサチコ』は、そんなサチコの姿を描いた、1話完結のグルメ・コメディー漫画である。

忘却のサチコ
©阿部潤/小学館
 

 
サチコは29歳の文芸誌編集者。上司や同僚からの信頼も厚い、優秀かつ模範的な社員だが、1つ問題点が。それは、あまりに生真面目すぎること。担当作家と話すときは敬意を表して電話越しでも正座するほどだ。社内では、揶揄も込めて“鉄のような女”と呼ばれている。
 

 
物語は、そんなサチコの結婚式からスタートするものの……。イケメンの婚約相手、俊吾が式の途中に失踪してしまう。人生最悪の悲劇を受けても、サチコは相変わらずの生真面目っぷりを発揮。悲劇をものともしない様子で式の翌日も出社し、いつも通りに仕事をこなす。が、しかし。平気な様子を装ってたサチコだが、仕事に支障をきたすほどに自分がショックを受けていることを悟る。
 

 

 
俊吾のことを思い出し、泣き出してしまったサチコ。そんな彼女を立ち直らせたのは、戻って来た婚約者でも、新しい恋人でもない。たまたま入った定食屋で食べた「サバの味噌煮定食」だ。それまで、食事を“栄養補給”程度にこなすことも多かったサチコは、その味に衝撃を受ける。そして、“美味しい”という幸せな感情を味わっている最中、俊吾のことを忘れていたことに気がつくのだった。こうして、忘却のための“美食道”が幕を開ける!
 

 
グルメ漫画としての特色は、全国各地の名物料理やご当地グルメが豊富に登場することだろう。文芸誌編集者という職業柄、サチコは取材旅行に出かける機会が多い。旅行や休暇で旅をすることもあるが、1巻と2巻だけを見ても、長崎、岩手、大阪、香川など、あちこちへと飛び回る。
 

 
また、サチコの脳内で展開される食レポもこの作品の醍醐味。料理の見た目、食感、味をシンプルな言葉で的確に届けてくれる。箸がすすむにつれ語りが饒舌になる様子を見ると、思わず食欲をそそられること間違いなしだ。
 

 
グルメにそこまで興味がないという方もご安心を。『忘却のサチコ』は、コメディー漫画として十分に楽しめる作品である。
 
例えば、ボリューミーな長崎名物“トルコライス”を食べるときのこと。“中学生男子が部活後に食べるものみたい”と感じたサチコは、トルコライスに本気で挑むため、東京から遠く離れた長崎の地で、中学生男子の部活になんとか紛れこもうとする。生徒たちに怪しまれようとも関係ない。生真面目なサチコは、美食を追い求めるうえで努力をいとわないのだ。こうした、サチコのやや斜め上な努力は随所で見られる。そのたび、ついついニヤリとさせられる。
 
現在、『忘却のサチコ』は10巻まで刊行中。2018年10月から主演・高畑充希で連続ドラマが開始している。作品に対する注目度はますます高まりそうだ。この機会に、ぜひ読んでみてはいかがだろうか。
 
 
忘却のサチコ/阿部潤 小学館