手塚治虫。
漫画好きでなくても、その名を知らぬ人はいないでしょう。『火の鳥』『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』などなど…“代表作”が数えきれない漫画家は、業界の歴史を見渡してもあまり多くはありません。
そんな手塚治虫さんの漫画ですが、初めて読んだ作品は? と聞くと、『ブラックジャック』と答える方が多い気がします。
それはきっと、学校の図書室におかれていたからではないでしょうか。少なくとも僕は今まで通ってきた学校で、図書室や図書館に『ブラックジャック』がなかったことはありませんでした。
そこで何かのきっかけで手に取って、その人にとって“初めての手塚治虫”になるというわけです。というわけもあって、『ブラックジャック』は知名度抜群なのです。
しかし、そんな手塚作品の中でもあまり知られていないのが、今回紹介する『きりひと讃歌』です。こちらも医療をテーマにした作品ですが、『ブラックジャック』よりもちょっとダークでファンタジーな名作です。
人が犬になってしまう奇病、モンモウ病
世界に誇る近代医療設備とアカデミックな研究機関を擁するM大医学部。国内外を問わず、あらゆる患者をひきつけ、その期待に応える医療を提供してきました。ですがそれは、ある一人の患者を除いて…

それは、隔離病棟66号室の入院患者。全身から毛が生え、顔は犬のようになり、生肉を求めるようになって徐々に衰弱していく…。モンモウ病と呼ばれる奇病でした。
主人公は、そんなモンモウ病患者を担当している医師の小山内桐人。彼はこの病気が患者の出身地である犬神沢の風土病だという仮説を立てますが、上長の竜ヶ浦によって否定されてしまいます。
様々な手段をとってみたものの、患者はあえなく死亡。そこで、竜ヶ浦から「いっそ犬神沢までいって調査してみては」という提案を受けます。
調査結果を学会に提出し、モンモウ病の解決をはかる…そんな理由で命じられた犬神沢への出張。しかしそれは、竜が浦が小山内を陥れるための、ドス黒い陰謀なのでした…。
数々の苦難。それでも歩みを止めない桐人
竜ヶ浦によって犬神沢に送り込まれた小山内。村人からは受け入れられず、厳しい研究の日々を送ることになります。

それでも小山内はモンモウ病の調査をやめません。そして、ついにその原因を突き止めます。
しかしその調査の成果を提出しようと市街にでた矢先、様子を疑われた小山内は台湾のギャングにとらわれてしまいます。それをきっかけに、もはやモンモウ病の解決どころではない、桐人の苦難の旅が始まるのでした。
ギャングに連れられてきた台湾。逃げ出した先の村。旅の果てにたどり着いた難民の集落…。
行く先々で全くと言っていいほど非のないはずの小山内に降りかかる理不尽の嵐。それでも医師として、一人の男として、その場その場でできることを必死の思いで実行していきます。
もし僕が彼と同じ状況におかれたら、いつかどこかで先の見えない研究の行く末を想像し、歩むのをやめてしまうような気がします。
しかし小山内は止まりません。
様々な苦難を一心に背負いながらも歩む生き様は、僕らが言い訳をしながら何か大切なことをやめてしまおうとするときに、勇気を与えてくれるでしょう。
かつて学校の図書館で『ブラックジャック』を楽しんだ方なら、きっと好きになれると思います。