宇宙ゴミの回収業者。そう遠くない未来のヒューマンドラマ『プラネテス』

レビュー

「宇宙デブリ」という言葉をご存知だろうか。
例えば打ち上げから年月が経ち、使われなくなってしまった人工衛星の部品。多段ロケットでの切り離しの際にどうしても出来てしまう破片。
当然、宇宙は無重力なので、そういったものは基本的に地球へ落ちてくることなく、いつまでも宇宙空間を漂うことになる。
それが「宇宙デブリ」。つまりゴミのことだ。

宇宙を漂う小さなゴミ。
「小さいゴミがどうしたの」と思う方もいるだろう。
しかし宇宙にはそのスピードを妨げるものがないため、宇宙デブリは常に高速で移動し続けている。
そのスピードは、遅いものでも毎秒3km。
お分かりだろうか、この速さ。1秒後には3km先に移動しているのだ。

そんな速さなので、直径10cm程度のものでも、当たれば宇宙船を破壊できるほどの威力を持つ。
宇宙開発が進むこの時代、「宇宙デブリ」は環境問題の一つに取り上げられている。

さて今回は、そんな宇宙に漂うゴミを拾う仕事をしている人物が主人公の漫画『プラネテス』をご紹介させて頂く。
もうすぐ来るであろう、宇宙時代の物語である。

プラネテス
©幸村誠/講談社

2070年代。宇宙開発を進めた人類は、宇宙ステーションや月面で、地球での暮らしと同じような生活をしている。
火星には実験施設が建設済みで、今度は木星、土星への有人探査計画も進んでいた。

そんな時代に問題になっているのが宇宙デブリ(ここからはデブリと表記する)。
地上と宇宙を繋ぐ足、今でいう飛行機の感覚で乗れるようになった高高度旅客機。
その旅客機とデブリの衝突事故が起きたり、デブリに進路を塞さがれて、その軌道が通れなかったり。

主人公、星野八郎太(ほしのはちろうた)通称ハチマキはデブリを宇宙船で回収する仕事をしている。
いつの日か自分の船を持ち、宇宙を自由に飛び回ることを目標にして。
しかし現実はそんなに甘くない。宇宙船を持つには、もちろんお金がかかる。

デブリ回収業者、と言うと未来の特別な仕事…のように聞こえるが、いわゆるサラリーマンである。
企業に所属する一社員。特別給料が良いわけではない。
ハチマキはそんな生活の中で、理想と現実に挟まれて思い悩んでいるのだ。

さて簡単にあらすじを書いてみたが、どうだろうか、「宇宙を題材にしたSF漫画って専門用語が飛び交う難しい物語でしょ」みたいなイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれない。
しかし『プラネテス』は違う。
物語の重きはヒューマンドラマである。

宇宙で生活している人々、地球で暮らす人々。
お互いを思い合い、時にはすれ違う。
いつの時代も当たり前、人と人との関係性が主題の漫画だ。
もちろんドラマチックではある。
ある、が、将来これが当たり前になるんだろうなぁ、と思える世界観である。

さて、もう少し作品の中身に迫っていきたい。
『プラネテス』のあらすじはさきほど書いたが、実はその本筋はさほどフューチャーされない。
それよりも、センテンスごとに、登場人物たちそれぞれを主役に置いたストーリーが描かれている。
ちょうど、小説でいうところのショートショート、短編集のようなイメージだ。出てくるキャラクターたちは同じだが、話は各章ごとでしっかり区切られている。

なのでこの記事では、私がその中でも特に好きなストーリーを1つ取り上げてみようと思う。

満を持しての第1話である。
「1話かよ」と思った方もいらっしゃるかもしれないが、好きなんだからしょうがない。

ハチマキと同じデブリ回収船の乗組員にユーリという男性がいる。
いつも窓からボーっと宇宙を見ていて、何か影があるように思える人物だ。
違和感を覚えながらも、しかし事情があるんだろうと慮って踏み込まないハチマキ。
ただ、仕事仲間として、気にはなる。

そこでベテラン宇宙船修理業者のオヤッサンに訳を聞き、ユーリが過去に奥さんを、高高度旅客機とデブリの衝突事故で亡くしたことを知った。
今も、奥さんの遺体は行方不明だそうだ。
ユーリがボーッと窓の外を見る理由、それはいなくなった奥さんをずっと探しているんだ…。ハチマキの中で合点がいった。

その後、知ってしまったことを隠し続けることは出来ず、仕事中にハチマキがユーリへ話を切り出す。
が、ユーリは宇宙空間に何かを見つけ、話を聞いていない。それどころか持ち場を単独で離れていってしまう。非常に危険な行為である。
しかもタイミングが悪く、デブリ群が迫ってきていた。

船長のフィーが焦って声をかける。しかしやはり、ユーリの耳には届いていない。
ユーリは何かへ手を伸ばす。

が、その瞬間デブリ群と衝突。乗り物は大破。ユーリ自身も宇宙空間へ放り出され、そして落ちる。
落ちるとはどういうことか。
地球の重力へ引っ張られ、宇宙服1枚で大気圏へ突入する、ということだ。

流れ星。あれは星自体が光りながら移動しているのではなく、大気圏に突入した隕石の欠片やデブリが燃えながら落ちてきているから、そう見えるのだ。
つまりユーリもこのままだと燃え尽きて、死んでしまう。

助けようとユーリの元へ向かうハチマキ。
ユーリは気を失い、そして夢を見る。そこには奥さんがいた。
「どこにも行きはしないさ、今度こそ…」というモノローグが入る。もう既に、死を受け入れている。
しかし。

さあ、紹介はここまでにしておきましょう。
続きはぜひご自分で読んでみてくださいね。私との約束だ!
ほんと…泣けるんすわ…。
ちなみに後日談のような話もある。そちらも1巻に収録されている。

さて、この『プラネテス』という物語の中核には「愛」というキーワードが存在している。
愛とは何か?哲学的な話だ。
しかし、そこに作者である幸村誠は重きを置いている。これでもかと「愛」について描いている。

例えば、好きな人と結婚すること、家族と一緒に暮らすこと。
友だちと話すこと、日常生活を送ること。

でも、誰しもが一個の人間であり、一つとして同じ命はない。
もちろん思想だって違う。すれ違うこともある。あいつは嫌いだ、なんて思うこともあるだろう。
ただ、それでも、どうしても、そこには。

曖昧な表現で申し訳ないが、つまるところ「愛」だ。
なんなら田名部愛という女性のキャラクターまで登場する。というか物語の超重要人物である。

「愛とは何か?哲学的な話だ。」と上に書いたが、『プラネテス』を読んで、そんな難しい話じゃないかもな…なんて私は思ってしまった。
これを読んでいるあなた。
ぜひとも全巻読んで「愛」とは何か、どういう感想を抱いたかを、私に教えてほしい。
「愛は難しいものじゃないかも」という私と同じような気持ちになったなら、友だちになりましょう。
いや、そうじゃない人も友だちになりましょう。それが私の愛です。

『プラネテス』は自分の人生の指針になったような作品で、なんなら常に小脇に抱えておきたいと思っている。
そして私には、いつかこれを宇宙に持っていって地球を見ながら読みたい、という夢がある。

プラネテス/幸村誠 講談社