もしも時間が進められたら?綿密な心理描写を味わってほしい『アイリウム』

レビュー

恋人から別れを告げられる時。
かったるいバイトの時間。
心の負担の大小はあれど、これから起こる辛い出来事から逃げ出せたらと考えたことが誰でも一度はあるのではないでしょうか。


 
『アイリウム』は、飲めば少し先の未来にワープできる薬「アイリウム」を巡る全7編、一話完結の作品です。
 

アイリウム
©小出もと貴/講談社
 
『君の名は』『時をかける少女』など、いまや定番となったタイムリープ系の作品には、「あったらいいなぁ」と夢溢れるファンタジー要素が見え隠れするもの。しかし、本作はゾクッとするような心理描写がリアルに描かれているのが特徴です。
 
服用量によって、時間の進度が変わる「アイリウム」。
進んだ時間中の記憶は失い、体感時間はほんの一瞬です。
この効果を使ってどんな記憶を消していくのか。
 
アイリウムを手にした7名の人物の生活の中から、ネタバレしない程度に2人のケースを紹介していきます。
 
描いた夢の行き先は…? File001「映画監督志望」
 

 
まず紹介するのは、映画監督を志す27歳の青年、峰雄(みねお)。
自分がおもしろいと思う作品を撮りつづけるも鳴かず飛ばず。家庭を持ち安定した生活を送る友達を見ては、焦燥感ばかり募る毎日を送っていました。
 
峰雄の唯一の希望は、役者をやっている恋人、由紀との生活。いずれ結婚できたらと考えていた峰雄でしたが、ある日由紀から役者を辞め地元に戻ろうと考えている、と告白されます。このままでは破局してしまうと考えた峰雄。現在コンペに出展している作品が受賞すればと最後の望みを託します。
 

 
ちょうどその折に、知り合いのヤク中、宇堂さんから「アイリウム」をもらうことに。試しに1錠飲んでみると1日時間が進み、その効果を実感。少し先の自分の未来はどうなっているのか、はやる気持ちを抑えながらアイリウムを飲み、コンペの結果がわかる1週間分の時間を進めることに……。
 
夢を追い続けるか、それとも辞めるか。自己実現の葛藤がヒリヒリと伝わってくるこちらの話。20代後半でジョブチェンジを考えている人に響きそう。
 
見栄の張り合い、かましあいに身震い!File003「ママ友」
 
続いて紹介するケースはママ友です。
 

 
主人公の川名は、元々自由に生きることをモットーにし、お金がなくてもセンスでカバーすることを心がけていました。
 
しかし、母親になったことをきっかけに服装や持ち物を周りに合わせるように。なぜなら、波音たてずにママ友を生き抜いていくには平均値であることが大切だと思ったから。夫の収入もほどほどで家には車もなく、ブランドもののバッグは何年も使い古したもの。自由に生きるという価値観はグラグラと崩壊し、自分への自信とプライドを失っていました。
 
ある日、ママ友同士でアイリウムを使用し一時的に記憶を消して、普段言えないことを言い合う「告白会」を提案され、実行してみることに。
 
アイリウムを4分の1錠飲み記憶を飛ばした2時間、話した内容は神のみぞ知る所……。
 

 
以後、毎週のように開催することになった「告白会」。
他のママ友の弱みを知れば、自分に自信が持てるのではないかと考えた川名は、自分だけ風邪薬を飲んで告白会に臨みましたが……。
 

 
「ママ友」と聞いただけで身震いししまうアラサーですが、じわりじわりと見栄の張り合いを繰り広げる様子がとにかく恐ろしいです。意外なラストにも注目……!
 
他にも、兵士やホスト、女医などなど全7ケースが楽しめます。「なるほど、こんな使い方をするのか!」と自分では想像しえなかった、アイリウムの活用法。
 
この世に本当に時間を進められるクスリがあったなら、あなたはどうやって使いますか
 
 
アイリウム/小出もと貴 講談社