思春期の「イタさ」の追体験『さよーならみなさん』

レビュー

さよーならみなさん
©西村ツチカ/小学館
 
『さよーならみなさん』は、読んでいてちょっと辛くなる。鬱展開である、という意味ではなく、己の黒歴史を掘り返してしまったときのような辛さだ。
 
思い出してみてほしい。学生時代、クラスにいつも1人で行動しているちょっと「めんどくさい」奴はいなかっただろうか。1人でずっとブツブツ何か言っていたり、自分が世界で1番不幸だと思い込んでいたり、そういうタイプの人だ。
 
私も高校生の時、やたら人が死ぬ小説を書きまくっていたり、課題でキリストの絵をぐちゃぐちゃに描いて「神様はいないと思います」と本気で発表してクラスをドン引きさせたりしていた。中二病のテンプレをコンプリートしていたので、「めんどくさい」側の気持ちがよくわかる。
 
『さよーならみなさん』では、普通の女子高生である主人公・木村さんと、その周りにいる「めんどくさい」男たちひとりひとりとの交流が、オムニバス形式で綴られる。
 
本作に登場する人物の具体例を上げてみよう。
 
・全てを捨てて質素に生きるのが1番良いのだと大口を叩くが、本性はヘタレの教師
 
・人のことをバカにする、影の薄すぎるかまってちゃんなクラスメート
 
・太宰治に憧れて、木村さんを心中に誘う文学少年
 
・人生の価値は己の葬式に来る人数で決まると考え、慈善活動をする少年
 
高校生時代の古傷をゴリゴリ抉るようなワードが並んでしまった。本作では、こういった男が9人登場する。その中でも「これ、分かるな」と思った2人を紹介したい。
 

ひどい寝癖でネガティブになっている下田くん

 
5番目の話に登場する「下田くん」は、木村さんの通っていた中学の後輩である。
 
木村さんは食堂で、下田くんと出会う。初対面であるのにもかかわらず、彼は、木村さんの買ったカツカレーを譲ってほしい、と頼む。そう言う彼の髪には、生き物のようにうねうねと動くすごい寝癖がついていた。
 
下田くん曰く、彼には毎日ずっと守ってきた日課がある。朝は7時に起き、ドアから階段まで11歩で歩き、トイレの前に歯を磨く、等の細かいルールだった。
 
しかし、今朝はこのすごい寝癖のせいで注目をあびたり盗撮されたりして、繊細な彼の心は傷つき、保健室に引きこもることになる。そのため食堂に行くのが遅れてしまい、日課であった「学食でカツカレーを買うこと」ができなかった。そのため、木村さんに声をかけたのだという。
 
彼の話す日課は、よく考えると全然普通のことである。しかし彼にとって、自分のペースを乱されることは、何よりも耐え難い苦痛なのだ。そして、自分が世界で1番不幸な人間だと信じ込むほどネガティブになってしまう。
 
中学生の頃、徹夜で仕上げた宿題を全部家に忘れた日があり、そのときは自分が世界で1番不幸な人間だと絶望したことを思い出す。案外どうでもいいことに対して必死になったりしてしまうのは、思春期あるあるなのである。
 

自分の葬式にたくさん人を呼びたい仲川くん

 
7番目の話に登場するのは、「仲川くん」というクラスメートだ。
 
彼は「たくさんの人を自分の葬式に呼ぶ」ため、風で倒れた自転車を起こしたり、階段に座り込んだおばあちゃんをおんぶしようとしたり、といった慈善活動をしている。ときどき不審者と間違われて睨まれたり、「結構です」と断られたりするも、へこたれずに彼は活動を続ける。
 
そんな風におせっかいで善意を売る仲川くんだったが、物語の終盤で、人の取り残された火事現場に遭遇してしまう。彼は絶好のチャンスとばかりに飛び込んだ。
 
燃える室内で、彼は「もしこのまま死んだら、勇気ある若者が死んだと報道されて、数万人の人が自分の葬式に来てくれるのではないか」と考えるが……。
 
授業中に「教室に飛び込んでくるテロリストからどう逃げるか」を想像したことのある人は、かなり存在すると思う(私だけだろうか)。同じくらい、「災害現場で見知らぬ人を助けて死に、名誉の死として報道される」ことを考えた方も多いのではないか。
 
「自分はその気になればすごい人間なんだ」という妄想をするのも、思春期あるあるである。
 

「めんどくさい」男らのリアルなモヤモヤ

 
登場する「めんどくさい」男に共通して言えるのは、彼らは自分の生活をこなすことで精一杯だということだろう。故に自己中心的で、他人の気持ちを置いてきぼりにしてしまっている。
 
例えばカツカレーの下田くんの場合、木村さんはとてもお腹が減っているのに、「自分の日常を守るためカツカレーがほしい」という自分の都合を優先して相手の時間を奪ってしまう。
 
さらに、気持ちが高ぶると木村さんにひどい暴言を吐く。巻き込まれた側は災難でしかない。
 
西村ツチカ先生の絵は、独特でありながら、ポップで可愛らしい。しかし、キャラクターの嫌な性格や気持ち悪さ、ネガティブな心境などが、ものすごくリアルに描かれる。
 
確かにめんどくさい奴ってこういうこと考えるよな、と納得してしまうので、キャラのことを嫌いになれない。
 
なんとも言えない不快感と爽快感にモヤモヤしながら、読んでいただきたい作品である。
 
 
さよーならみなさん/西村ツチカ 小学館