僕は彼女の力になるため、放射線技師の道を極めたい『ラジエーションハウス』

レビュー

放射線技師。放射線機器を扱い、写真を撮るところまでの人。国家資格の必要な専門技術職だ。
一方放射線科医は、撮影した画像を見て診断(読影)することができる。こちらは医師免許が必要で、撮影するのも可能。
漫画『ラジエーションハウス』は、天才的な頭脳を持っているのに、あえて放射線技師としての能力を磨くことに専念している男性と、彼が恋する放射線科医の物語。

ラジエーションハウス
©横幕智裕・モリタイシ/集英社

幼い日の約束のために

放射線技師のぼーっとした男性、五十嵐唯織(いがらし・いおり)。一つのことにのめりこむと周囲が見えなくなってしまうため、空気を読んだり会話したりするのが、とてもへた。まわりからは変人に見られがち。
彼は実は、医師免許の持ち主。本来は放射線科医になったほうが断然よいのだが、あえてそれを言わず、技師として生きることを決めていた。
幼い頃に仲のよかった少女・甘春杏(あまかす・あん)と約束していたからだ。

杏「私もね パパと同じホウシャセンカイになるんだ」

杏「ホウシャセンカイのお仕事にはホウシャセンギシって 人の力が 必要なの」

杏「イオリはホウシャセンギシになって 私のお手伝いをするんだよ」

唯織は杏と離れて暮らしてから28歳まで、彼女との約束のために全てをかけ、腕を磨き続けてきた。
彼が入った甘春総合病院で、杏は立派な放射線科医になっていた。ところが杏は彼のことを覚えていない。それでも、杏の力になりたいという思いと、病気を少しでも見つけたいという情熱が、彼を突き動かす。

真実を撮る仕事

放射線撮影は、機械をマニュアル通りに動かせばいいというものではない。身体の状態を見極め、臨機応変に対処しなければいけない。ましてや「どうやっても撮れませんでした」では済まされない。見えないものを、何がなんでも撮るのが仕事だ。
唯織は他の人が思いつかないようなテクニックで、絶対に病を写し出す。画像は医師に渡すため、限界まで鮮明に撮る。写真家が夕焼けの最も美しい一瞬を見極めるように、彼は体内の様子を鮮明に可視化する。

飛び抜けた記憶力、観察力、視力、洞察力を持つ唯織。
もっとも、技術にステータス全振りしているため、コミュ障な部分が多くて失敗ばかり。せっかく杏のために頑張っても、神経を逆なでするような言動を取ってしまって、誤解されて嫌われることもしばしば。
死と隣り合わせの医療技術描写と、どこかズレた二人のラブコメディのギャップが面白い作品だ。

医師と技師の二人三脚

作中で杏が回想する時に出てくる父のセリフは、この漫画における放射線技師の扱いをよく示している。

「これから画像診断が果たす役割はますます大きくなる」

「放射線科医と技師が力を合わせてやっていくことが大事なんだ」

この作品は、杏と唯織のバディものとしても楽しめる。
言うことを聞かず勝手にあれこれいじって、スルリと解答を出す唯織。彼は杏のためと思ってやっているし、結果病気が見つかっていい方向に進んでいる。だからこそ、杏は自分の非力さを見せつけられているようで、誰にも言えない苛立ちが募ってしまう。
しかし杏は徐々に彼を認め、少しずつ力を借りようと態度を和らげていく。

放射線科医が放射線技師に写真を「撮らせる」のではない。技師は医師のために最も必要な「見える」一枚を撮るため尽力する。医師は確実に病を見抜くため、技師に助言を求めながら正解を見つけていく。鑑識と刑事の関係と似ているのかもしれない。

杏「彼がいれば パパの言っていた理想のラジエーションハウスができるかもしれない…」

タイトルの「ラジエーションハウス」とは、「頭のてっぺんから つま先まで」を写し、病気を診断して主治医に伝えるための、ドクターズドクター(医者をリードする医者)の集まる場所。表からは見えない裏方。縁の下の力持ち的な、重要な仕事だ。

今は杏と唯織が協力体制を取り始めたばかり。最新刊の五巻では、診断結果がある事件を分析するきっかけになり、推理的要素も強くなり始めた。ここからさらに、杏と唯織の連携プレーが見られそうだ。

二人の恋の行方も上手くいけばいいのだが、苦しんでいる患者を目の前にしてそちらに意識を回す余裕はとてもなさそう。今はラジエーションハウスのメンバー全員で事実を追い続けることが、二人にとって一番大切な絆なのだろう。杏が医師として生き生きと仕事することが、唯織の何よりの幸せだ。

放射線技師という職業自体、漫画ではほとんど題材になっていない。放射線科で何をしているのか、どうやって撮影しているか、写真のどこを見ているか、かなり具体的に描かれている。撮影した一枚の画像から証拠を探し、推理するかのように読み解いていくシーンも面白い。
これら一つ一つの分析によって、多くの人の人生の不安が解消されていく、人間ドラマも見どころだ。

杏のライバル心と唯織の誠実さから生まれるラブコメディパートも、『いでじゅう!』などで人気を博したモリタイシならではの描写力が、遺憾なく発揮されている。特に幼い時の二人の約束が語られるシーンは、かなりセンチメンタル。
放射線科の様子を知る機会はまずないので、ぜひともドラマ化して、実写でも再現してほしい作品だ。

ラジエーションハウス/横幕智裕 他 集英社