ドラえもんの生みの親は、その人生で何を思った? 藤子・F・不二雄『未来の想い出』

レビュー

「漫画の神様」手塚治虫をはじめ、「仮面ライダー」シリーズの原作者として現在もクレジットされる石ノ森章太郎、「おそ松さん」「深夜!天才バカボン」等の新アニメシリーズで話題を呼ぶ赤塚不二夫…と、いわゆる「トキワ荘出身作家」たちは、今もなお強い存在感をもっている。

その中でも、生み出したキャラクターが幅広い層に、ごく自然に受け入れられているというところでは、やはり『ドラえもん』の原作者である藤子・F・不二雄が随一ではないかと思う。

藤子・F・不二雄は『ドラえもん』を筆頭に、『キテレツ大百科』『パーマン』などの子ども向け生活SFギャグ作品で広く知られる一方、青年~大人向けのSF短編も多数残している。近年では、2017年に日本テレビ系で放映されたTVドラマ「スーパーサラリーマン左江内氏」の原作、『中年スーパーマン左江内氏』も彼の大人向け短編シリーズのひとつ。

さて、今回紹介するのは、そんな藤子・F・不二雄の、珍しい大人向け長編作品だ。
 

未来の想い出
©藤子プロ/小学館

 

枯れ気味の中年漫画家が、何度も半生を繰り返す

 
『未来の想い出』は、1991年に「ビッグコミック」(小学館)で連載された作品。
 
長編といっても全1巻、約160ページで完結しているが、1話ごとに完結する短編シリーズがほとんどの作者の作品としては、「長編」と呼んでさしつかえないと思う。
 
主人公は、納戸理人(なんどりひと)という四十路のベテラン漫画家。
 
宇宙人のざしきわらしと子どもたちの交流を描いた漫画『ざしきボーイ』がかつて人気を博し、TVアニメ化もされ関連商品も大ヒットしたが、その後はヒット作に恵まれていない。
 
路線変更を試みるもうまくいかず、始まったばかりの新作も打ち切りが決まる。
 
そんなある日、出版社主催のゴルフコンペでホール・イン・ワンを出したショックで心臓マヒを起こして倒れた納戸は、気が付くと20歳前後の体で、(連載当時から数えて)20年前――1971年頃に彼が住んでいたオンボロアパート・西日荘にいた。
 
そこから、彼は約20年の半生を何度も繰り返すことになる。
 
いわゆる「ループもの」SFである。
 

読みやすい、でも深い、そしてカワイイ。藤子・F漫画の魅力

 
物語は、納戸が作中2度目の人生の途中で、自分の約20年の半生がループしていることに気づき始めるところから、大きく動いていく。
 
その先の熱い展開はぜひ、本編を読んで確かめてほしいのだが…ここで取り上げておきたいのは、本作の徹底された漫画としての読みやすさだ。
 
整理されたコマ割り、類型化されたキャラクター造形、メリハリのきいたページ運び。
 
その一方で、何度か読み返して初めて気付くような伏線がさりげなく、巧みに張り巡らされていたりもする。
 
普通に読んでいたら意識させられることもないことだろうが、読者にまったくストレスを与えず最後まで読ませてしまう技巧には、あらためて驚嘆する。
 

 

 
作中キャラクターの『ざしきボーイ』をはじめ、納戸の部屋に住み着くネコのノラ公など、マスコット的なキャラのキュートさも含め(図版参照)、50年経とうが100年経とうが古びないであろう、「藤子・F・不二雄漫画」の力を感じさせられる。
 

誰かに似ている気がする、主人公に投影されたものは…?

 
さて、漫画家の人生をテーマにした作品である以上、気になってしまうのは、本作にどこまで作者である藤子・F・不二雄自身の経験や考えが投影されていたのか、ということだ。
 
児童向け生活ギャグ漫画で大ヒット、ベレー帽姿、仲間たちと切磋琢磨した青春の日々、居を構える小田急沿線の緑豊かな地区…と、納戸の設定には藤子・F・不二雄本人を思わせる要素も多い。
 
また、自虐めいたセリフやギャグがちょいちょい挟まれているのも気になる。
 

 

 

 
子どもに輝く夢を与え続けた藤子・F・不二雄にも、葛藤の日々があったのだろうか?
 
あの時ああしていれば、人生をもう一度やり直せたら。そんなことを考えたことがあったのだろうか?
 
ついついそんな考えが頭をよぎってしまうが、それは、職人的に読みやすい漫画を描き続けた作者の本意ではないかもしれない、とも思う。
 
まずは野暮なことは考えずに、ただただ“すこし・ふしぎ”な藤子SFの完成された世界を、より多くの人に味わってみてほしい。
 
 
未来の想い出/藤子プロ 小学館