シュールでブラックな世界に酔う。逸品少女ギャグ『サディスティック・19』

レビュー

『サディスティック・19』(立花晶)は、1992~1998年に「花とゆめ」(白泉社)等の誌上で連載された作品。
タイトルと表紙イラストを見ただけではどんな漫画なのか全く想像できないが、少女漫画らしく華やかで整った画風に反して、本作はギャグ漫画…それも、かなりどうかしているギャグ漫画である。

サディスティック・19
©立花晶/白泉社

原則として1話あたり8ページで、内訳は4ページ×2本だったり、8ページで1本のみだったりといろいろだが、基本的にはネタ単位、1話単位で完結。
1回限りのキャラクターやシチュエーションによる単発ネタの中に、複数回登場するレギュラー的なキャラクターのネタが混ざってくる構成だ。
まず、このレギュラー陣が、とにかく濃い。
ここで少し、そのイカれたメンバー(のごく一部)を紹介させていただきたい。

奇妙で異常な世界の、愛すべき登場人物たち

重政桂子は、(それが由来かはわからないが)タイトルを体現するような、サディスティックなお嬢様。

スプラッタなものやオカルト的なものが大好きで、善良な友人(?)の由香や、執事のセバスちゃん(「セバスチャン」ではない)を、たびたびとんでもないシチュエーションに巻き込む。

へいマンこと木下孝男は、「塀を見ると、その上を走らずにはいられない」という特殊な性癖を持つ中年サラリーマンだ。

愛娘・聖理奈と二人暮らしの彼には、中間管理職の悲哀と思春期の娘を持つ父親の苦悩がつきまとうが、すべては塀の上を全力疾走するバーコード頭のおっさんという絵面のインパクトに霞んでしまう。

シュメール。本名ではない。というか、本名は不明だ。

なぜか普通に現代日本の高校に在籍しており、そのうえクラスメイトの男子から想いを寄せられる、シュメール人の女子だ。
(世界史の授業、「メソポタミア文明」の単元で出てきた「シュメール人」をあなたは覚えているか?ちなみに筆者は本作で初めてその存在を知り、この知識は後の歴史の勉強に大いに(?)役立った)

そして、筆者の一番のお気に入りは西神田夢彦だ。

見目麗しい彼の職業は「漫画キャラ専門の医師」。
作中では「急に昔の少女漫画のような顔になってしまったキャラ」や「墨汁をこぼされて黒く染まってしまったキャラ」の治療を手掛けている。
耽美なものが好きなナルシストという性格も、ルックスと名前を裏切らない。

混ぜるな危険!? マニアックなギャグとTHE・少女漫画な画風

このような、少し…いや、だいぶおかしいキャラクターたちが中心となって繰り広げるギャグは、10代女子をターゲットとしていたにしては、やたらマニアックなネタやパロディも多い。
筆者が本作を最初に読んだのは確か小学校高学年の頃だったと記憶しているが、当時はその元ネタを半分も理解していなかったのではないかと思う。それでも、わからないなりになんだかおかしかったし、それがこの作品の印象を強いものにしてもいた。

良質なパロディの条件は「元ネタがあることがはっきりわかり、かつ、元ネタを知らなくても面白い、知っていればもっと面白い」というものだと思うが、本作のパロディはまさにそれだったと思う。
こういう作品は、その元ネタを知りたい=もっと深くいろんな漫画や小説、映画などの作品に触れたいという欲をかき立て、それは読者の世界を(若干偏った方向にではあるにせよ)押し広げてもくれるのだ。

もちろんパロディばかりで成り立っている作品ではなく、前述したレギュラーキャラの設定からもわかるように、一番の特徴は全編をつらぬく不条理極まりないシュールな世界観と、それを表現するにはかわいらしすぎる画風だと思う。
一見読みやすい少女漫画のように見せておいて、開いてみれば、とんだ劇薬なのである。

「こんなのもあった!」2010年代以降の、新たな漫画の読み方

本作はおそらく、マイナーな漫画だろう。
大きな賞に輝いたり、TVアニメ化されたりした作品ではない。
筆者は本当にたまたま子どもの頃に出会うことができたが、リアルタイムで90年代当時に「花とゆめ」読者だった層以外には、なかなか目に触れる機会がなかったはずだ(2006年に文庫版が刊行されてはいるが、全1巻の“傑作選”的なもので、すべてを読めない内容なのが歯がゆかった)。

本作のように、最近は、「おお、これも!」と思うような、ちょっとマイナーな作品も、電子媒体で読めるようになっていることが多い。これは、電子書籍の普及がもたらした良い状況の一つだろう。
20年前にはなかなか出会えなかった作品を「掘る」読み方を、筆者はもっと追求してみたいし、本稿を読んでいるあなたにもしてみてほしい。
それは私たちにとっても、漫画文化にとっても、きっと、幸福な体験となることと思う。

サディスティック・19/立花晶 白泉社